言葉の勝ち負けではなく、本質を見失うな
孟子の弟子・屋廬子(おくろし)は、任(じん)の人からの問いに答えられず、孟子のもとに相談に訪れた。
「礼(れい)と食(しょく)、どちらが重いか」
「礼のほうが重いです」
「色欲(しきよく)と礼は?」
「礼のほうが重いです」
すると任の人は畳みかける。
「では、礼を守れば飢えて死に、破れば食にありつける時も、礼を選ぶのか? 親迎(しんげい)を行えば妻を得られず、行わなければ得られるなら、やはり礼を守るべきなのか?」
屋廬子は答えに窮し、翌日、孟子の故郷・鄒(すう)まで出向き、このやりとりを報告した。
このやりとりが示すのは、「正論」に見える問いかけでも、本質を見失わせるための議論なら、応じる価値はないということ。
礼の意義は、ただ形式を守ることではなく、人としてどう生きるかの根本を支える規範にある。
孟子はこのあと、礼を形式的に解釈して論理で崩そうとする姿勢を戒めることになる。
「原文と読み下し」
任人、問屋廬子、曰、禮與⻝孰重、曰、禮重、色與禮孰重、曰、禮重、曰、以禮⻝則飢而死、不以禮⻝則得⻝、必以禮乎、親迎則不得妻、不親迎則得妻、必親迎乎、屋廬子不能對、明日之鄒以吿孟子。
任(じん)の人、屋廬子(おくろし)に問うて曰(いわ)く、「礼(れい)と食(しょく)と孰(いず)れか重(おも)き」と。曰く、「礼重し」。
「色(いろ)と礼と孰れか重き」と。曰く、「礼重し」。
曰く、「礼を以(もっ)て食せんとすれば則(すなわ)ち飢えて死し、礼を以てせずして食せんとすれば則ち食を得。必ず礼を以てせんか。親迎(しんげい)すれば則ち妻を得ず、親迎せずんば則ち妻を得。必ず親迎せんか」と。
屋廬子対(こた)うること能(あた)わず。明日(あす)鄒(すう)に之(ゆ)き、以て孟子に告ぐ。
※注:
- 任(じん):孟子の郷里・鄒の近くにある国名。
- 屋廬子(おくろし):孟子の弟子。理路整然とした議論よりも、実践的倫理を重んじた人物とされる。
- 親迎(しんげい):結婚の当日に新郎が新婦を迎えに行く儀式。儀礼の象徴。
- 飢えて死ぬ/妻を得る:極限状況での礼と現実の対立を意図的に強調する問い。
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