孟子はこの短い章で、**「道(みち)を学ぶにおいて、最も重要な“的”を見誤ってはならない」**という教えを、的確な比喩とともに説きます。
その“的”とは、言うまでもなく、仁と義。孟子が一貫して掲げる、人としての根本の徳です。
弓術の名人・羿と「彀(こう)」の教え
まず孟子は、伝説の弓の名人・**羿(げい)**の話を引きます。
「羿が人に射(しゃ:弓術)を教えるときは、“彀(こう)”――弓を十分に引きしぼる一点の瞬間を重視した。
そして学ぶ者も、必ずその彀に志した」
この“彀”とは、日本で言えば「離れ」にあたる、一矢を放つ最も肝心な瞬間です。
どんなに準備を整えても、この一点を誤れば的を外す。それほどに決定的な焦点だということです。
大工の棟梁も、規矩(コンパスと定規)を中心に教える
次に孟子は、大工の師匠の例を出します。
「大工の棟梁が人に教えるときは、**“規”と“矩”(コンパスと定規)**を中心とする。
そして学ぶ者もまた、必ずその使い方を学び取ろうとする」
これは、物を正しく作るためには、まず基準を知らねばならないというたとえです。
それなくして木を削り、線を引いても、形が乱れるだけ。基準(原理)を押さえることが第一歩なのです。
仁義は「道を学ぶ者」にとっての“彀”であり“規矩”である
孟子は、この二つの比喩を通して、次のことを暗示しています:
「仁義こそが、“道”を学ぶ者にとっての的であり、基準である」
- 弓を射る者にとっての彀
- 木を刻む者にとっての規・矩
- そして道を学ぶ者にとっての仁義
つまり孟子は、「学問とは、“仁義”という一点に的を絞って習得すべきもの」だと明言しているのです。
出典原文(ふりがな付き)
孟子(もうし)曰(いわ)く、
羿(げい)の人に射を教うるには、必ず彀(こう)に志す。
学者も亦(また)必ず彀に志す。
大匠(たいしょう)、人に誨(おし)うるには、必ず規矩(きく)を以(もっ)てす。
学者も亦必ず規矩を以てす。
注釈
- 羿(げい):中国古代の伝説的な弓の達人。「射の聖人」として知られる。
- 彀(こう):弓を引ききった状態。最大限に力が満ちた、一矢放つ直前の最重要点。
- 大匠(たいしょう):棟梁、職人の師匠。技術を教える指導者。
- 規矩(きく):「規」はコンパス、「矩」は直角定規。ものづくりの原理・基準。
パーマリンク候補(英語スラッグ)
aim-at-humanity-and-righteousness
(仁と義を的とせよ)
その他の候補:
- precision-in-learning-the-way
- virtue-is-the-target
- set-your-sights-on-righteousness
現代への教訓
この章は、**「学問・修養の核心はどこにあるか?」**という問いに対する、孟子の明確な答えです。
現代に置き換えれば、「スキルを学ぶにも、目標を間違えてはすべてが無駄になる」ということ。
- 目的を定めること
- その目的に向かって、正しい道筋で学び続けること
その原点が、孟子にとっては**「仁」と「義」**だったのです。
現代でも、教育や自己成長において、**“自分は何を的として学んでいるのか”**を問うことの大切さを、あらためて教えてくれる章です。
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