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義は道、礼は門――正しき道を歩む者は、形式にも魂を求める

賢人とは、ただ理を語るだけでなく、義と礼をもってその身を整える者である。
形式が正しくなければ、命をかけても従わない。
これは傲慢ではなく、誇りと節義の現れであり、君主の側にもその理解と礼節が求められる。

孟子は、斉の景公が猟の場で虞人(狩場の役人)を誤った作法で召し出したことを取り上げる。景公は、大夫を呼ぶときに使う「旌(せい)」という旗を用いて虞人を招いたが、虞人は応じなかった。
それに怒った景公は虞人を殺そうとするが、この話を聞いた孔子は逆にその虞人を賞賛したという。

志士は、たとえ谷間に倒れても志を曲げず、
勇士は、首を失う覚悟を持っている。

孔子が評価したのは、「正しい方法で招かれなければ、死をも恐れず応じない」という節義であった。

孟子は説明する――
庶人には「旃」、士には「旂」、大夫には「旌」。
それぞれの身分に応じた招き方があり、それを間違えることは礼を欠く行為である。
不適切な礼で賢人を召すのは、門を閉ざしたまま『どうぞお入りください』と言うのと同じである。

義は路(みち)、礼は門(もん)。
君子だけが、この道を通り、この門をくぐることができる。

孟子は『詩経』の一句を引用する――

周の道は砥石のように平らかで、矢のようにまっすぐ。
君子はこの道を踏み、小人はそれを見て学ぶ。

さらに万章が「孔子は君命で召された時、車の準備も待たずに出かけたと聞きますが、それは礼に反するのでは?」と問うと、孟子はこう答える。
孔子はすでに官職に就いており、役務のために召されたのであり、それは正しい礼にかなう行動である。


出典原文(ふりがな付き)

斉(せい)の景公(けいこう)田(か)す。虞人(ぐじん)を招(まね)くに旌(せい)を以(もっ)てす。至(いた)らず。将(まさ)に之(これ)を殺(ころ)さんとす。
志士(しし)は溝壑(こうがく)に在(あ)るを忘(わす)れず。勇士(ゆうし)は其(そ)の元(こうべ)を喪(うしな)うを忘れず。
孔子(こうし)奚(なん)をか取(と)れる。其(そ)の招(まね)きに非(あら)ざれば往(ゆ)かざるを取(と)れるなり。

曰(いわ)く、敢(あ)えて問(と)う、虞人(ぐじん)を招(まね)くには何(なに)を以(もっ)てするか。
曰(いわ)く、皮冠(ひかん)を以(もっ)てす。庶人(しょじん)には旃(せん)、士(し)には旂(き)、大夫(たいふ)には旌(せい)。
大夫の招(まね)きを以(もっ)て虞人(ぐじん)を招(まね)けば、死(し)すとも敢(あ)えて往(ゆ)かず。
況(いわ)んや不賢人(ふけんじん)の招き以(もっ)て賢人(けんじん)を招くをや。
見(まみ)えんと欲(ほっ)して、而(しか)も其(そ)の道(みち)を以(もっ)てせざるは、猶(なお)其(そ)の入(い)るを欲(ほっ)して、而(しか)も門(もん)を閉(と)ずるがごときなり。
夫(そ)れ義(ぎ)は路(みち)なり。礼(れい)は門(もん)なり。惟(た)だ君子(くんし)のみ是(こ)の路に由(よ)り、是(こ)の門を出入(しゅつにゅう)す。

詩(し)に云(い)う、周道(しゅうどう)は厎(といし)の如(ごと)く、其(そ)の直(なお)きこと矢(や)のごとし。君子(くんし)の履(ふ)む所(ところ)、小人(しょうじん)の視(み)る所(ところ)なり。

万章(ばんしょう)曰(いわ)く、孔子(こうし)は君(きみ)命(めい)じて召(め)せば、駕(が)を俟(ま)たずして行(ゆ)けり。然(しか)らば孔子(こうし)は非(あやま)てるか。
曰(いわ)く、孔子(こうし)仕(つか)うるに当(あ)たりて官職(かんしょく)有(あ)り。而(しか)して其(そ)の官(かん)を以(もっ)て之(これ)を召(め)せばなり。


注釈

  • 旃(せん)・旂(き)・旌(せい):それぞれ庶人・士・大夫を呼ぶための旗。
  • 皮冠(ひかん):狩りのときに役人が身に着ける鹿皮の冠。儀礼の一部。
  • 志士・勇士:正道を貫き、死をも恐れない者。
  • 義は路、礼は門:義は行動の道筋、礼はその出入り口となる形式のこと。
  • 詩経の引用:「君子は道を歩み、小人はそれを眺めて学ぶ」との意。

パーマリンク候補(英語スラッグ)

righteous-path-ritual-gate
「義(正しい道)と礼(形式=門)」を明確に描く表現。

その他の候補:

  • honor-through-form(形式にこそ敬意を)
  • no-entry-with-closed-gate(門が閉じていれば入れない)
  • virtue-walks-the-way(徳は正しき道を歩む)

この章は、孟子の形式と実質の一致という思想と、賢人たる者の誇りと矜持を力強く伝えています。

目次

1. 原文

齊景公田、招虞人以旌、不至、將殺之。
志士不忘在溝壑、勇士不忘喪其元。
孔子奚取焉哉。取非其招不往也。

曰、敢問、招虞人何以。
曰、以皮冠。庶人以旃、士以旂、大夫以旌。

以大夫之招招虞人、虞人死不敢往。
以士之招招庶人、庶人豈敢往哉。況乎以不賢人之招招賢人乎。

欲見賢人而不以其道、猶欲其入而閉之門也。
夫義路也、禮門也。惟君子能由是路、出入是門也。

詩云、周道如砥、其直如矢。君子履之、小人視之。

萬章曰、孔子君命召、不俟駕而行。然則孔子非與。
曰、孔子當仕有官職、而以其官召之也。


2. 書き下し文

斉の景公、田(かり)す。虞人を招くに旌を以てすれども、至らず。将にこれを殺さんとす。
「志士は溝壑に在るを忘れず。勇士は其の首を喪うを忘れず」と。

孔子は何を取れるか。その招きに非ざれば往かざることを取れるなり。

曰く、「敢えて問う、虞人を招くには何を以てするか。」
曰く、「皮冠を以てす。庶人は旃、士は旂、大夫は旌を用う。」

大夫の招きで虞人を招けば、虞人は死すとも敢えて往かず。
士の招きで庶人を招けば、庶人はどうして敢えて往かんや。
況んや賢人を不賢人の招きで招かんや。

賢人を見んと欲して、その道を以てせざるは、
ちょうど入れようとして門を閉ざすがごとし。

義は路なり、礼は門なり。
ただ君子のみがこの路に由り、この門を出入りす。

『詩』に曰く、「周の道は砥の如く、其の直きこと矢のごとし。
君子これを履み、小人はこれを視るのみ」と。

万章曰く、「孔子は君命により召されれば、車を備えるのも待たずに出発した。
それでは孔子は非ではないか?」

曰く、「孔子は仕官して職を持っていた。ゆえに官をもって召されたのである。」


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

  • 斉の景公が狩りを行い、虞人(猟の専門職)を召集するのに、大夫の身分を示す旗(旌)を用いた。
  • しかし虞人は応じなかったので、景公は彼を処罰しようとした。
  • 「志ある者は困難にあっても意志を失わず、勇ある者は命を失ってもその志を忘れない」と評された。
  • 孔子はこの件について、「身分に応じた正しい招きをせねば、応じるべきではない」と述べた。
  • 虞人を召すには「皮冠(猟師の制帽)」を用いるのが礼である。
     庶人を招くには「旃(布の旗)」、士には「旂」、大夫には「旌(豪華な旗)」を使う。
  • 大夫の礼で庶人を招けば、たとえ死を賭しても行くべきでない。
     士の礼で庶人を招いても、庶人は行くべきでない。
     まして賢人を不賢者が招くのは、道理に反する。
  • 道理を欠いたまま賢者を招こうとするのは、ちょうど「来てほしい」と言いつつ門を閉じているようなもの。
  • 正しい道(義)は路であり、礼は門である。君子だけがそれに則って出入りできる。
  • 『詩経』にも「王道は平らかでまっすぐ。君子はその道を行き、小人は眺めるだけ」とある。
  • 万章が問う:「孔子は君命で召されたとき、車を整えるのも待たずに急いで出発した。それでは矛盾ではないか?」
  • 孟子は答えた:「孔子はそのとき官職にあった。職務による召集であれば、それは礼にかなっている。」

4. 用語解説

  • 虞人(ぐじん):狩猟・森林管理などを司る官職。
  • 旌(せい):大夫が使用する身分を示す旗。
  • 皮冠:虞人にふさわしい招きの象徴的装具。
  • 旃・旂・旌:庶人・士・大夫など、身分によって異なる召集手段。
  • 義(ぎ):道理にかなった正しい道。
  • 礼(れい):社会秩序を維持するための規範。
  • 周道如砥、其直如矢:『詩経』の句。道が磨かれた石のように平らかで、矢のようにまっすぐであるという意味。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

斉の景公が、身分不相応な形式で虞人を召したため、虞人は応じなかった。
孔子は、それを「正しくない招きには応じる必要はない」と評価した。

礼儀にかなった方法で招かなければ、いくら招こうと相手には通じない。
その原理は、義(道理)が通る道であり、礼が開く門である。
ただの言葉や形式だけでは賢者は動かず、正しき道を備えてこそ動かせるのである。


6. 解釈と現代的意義

この章句は「形式よりも本質、上下関係よりも適正な手順」の重要性を説いています。

  • 上から命じたとしても、そのやり方が正しくなければ人は従わない
  • 適切なリーダーシップとは、「相手にふさわしい敬意と手順をもって接する」こと。
  • また、「賢者を動かすには、誠実で正道を踏んだ対応が必要」であるという教訓がこめられています。

7. ビジネスにおける解釈と適用

  • 「身分や役職で呼んでも人は動かない。誠意と礼を持て」
     → 役職者が部下を「当然来るべきだ」と考えるのは誤り。
      役割・立場・目的に応じた配慮がなければ、信頼も協力も得られない。
  • 「権限だけでなく“招き方”にも道理を」
     → 社内での依頼・招集・登用も、相手に敬意を払った形でなければ逆効果。
      大切なのは“誰が言ったか”よりも“どう言ったか”。
  • 「信頼は、招き方に表れる」
     → 人を動かす力とは、肩書きでなく誠意と礼節によって生まれる。

8. ビジネス用の心得タイトル

「敬意なき招きに応じるな──信頼を得る“道と門”を持て」


この章句は、リーダーとしてのふるまいや、組織内外の関係構築における基本的な心構えを明確に示しています。

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