孟子は、孔子の進退を例に、「状況に応じて自然にふるまうことこそ、聖人のあり方である」と語る。
斉(せい)の国では、炊飯中の米を手でかき出してまですぐに立ち去った。
一方、生まれ育った魯(ろ)の国を離れる際には、「遅遅として吾行く」と、ゆるやかに去った。
これは、状況によって去り方・留まり方・引きこもること・仕えることを的確に見極め、過不足なく行動する姿勢である。
孟子はこれを「孔子の柔らかく、しかも節度を保つ生き方」として紹介している。
原文と読み下し
孔子(こうし)の斉(せい)を去るや、淅(せき)を接(せっ)して行(ゆ)く。
魯(ろ)を去るや、曰(いわ)く、「遅遅(ちち)として吾(われ)行(ゆ)く」と。
これは、父母の国を去るの道(みち)なり。以(もっ)て速やかなるべくんば速やかに、
以て久しかるべくんば久しくし、
以て処(しょ)るべくんば処り、
以て仕(つか)うべくんば仕うる。
これ孔子なり。
解釈と要点
- 斉国を離れたときは、炊飯中の米を手ですくってでも即座に去った。これは、礼が失われており、とどまるべきでなかったため。
- 魯国を去る際には、「遅遅吾行也」と言い、ゆるやかに離れた。これは生まれ育った「父母の国」であったため。
- 孔子は、状況を見て「速やかに退く・長く留まる・仕える・引きこもる」の判断を使い分けていた。
- そこにあるのは、原則を貫きながらも、時と場に応じて自然に行動する柔軟な知恵であり、無節操とは違う節義ある順応性である。
- 孟子は、このような進退の姿勢こそ**理想的な「仁者のふるまい」**であると捉えている。
注釈
- 淅(せき):水に漬けて炊く準備をしていた米。
- 接して行く(せっしてゆく):手ですくって急いで出発したこと。迷いなく立ち去る比喩。
- 遅遅として吾行く:ゆっくりと歩む。別れを惜しむ感情と慎みのある動作。
- 父母の国:生まれ育った故郷。ここでは魯国を指す。
- 以て〜べくんば〜す:〜すべきであれば〜する。状況に応じた柔軟な行動。
パーマリンク(英語スラッグ)
graceful-timing-of-a-sage
→「聖人の時機を得たふるまい」を表すスラッグです。
その他の案:
depart-when-its-time
(去るべきときに去る)stay-serve-retreat-as-appropriate
(状況に応じて仕え、留まり、退く)wisdom-in-timing
(時を見極める知恵)
この章では、「孔子の進退の美学」を通して、臨機応変ながら一貫性を失わない生き方の理想が語られています。
孟子が描く孔子像は、伯夷のような極端な潔癖や、柳下恵のような不動の我とは異なり、情と理のバランスが取れた調和的な人格です。
原文
孔子之去齊、接淅而行、去魯、曰、遲遲吾行也、去父母國之道也、可以速而速、可以久而久、可以處而處、可以仕而仕、孔子也。
書き下し文
孔子(こうし)の斉(せい)を去(さ)るや、淅(せき)を接(あ)えて行(ゆ)く。
魯(ろ)を去るや、曰(いわ)く、「遅遅(ちち)として吾が行(こう)くなり。父母の国を去るの道(みち)なり」と。
以(もっ)て速(すみ)やかなるべくんば速やかに、以て久しかるべくんば久しうし、以て処(お)るべくんば処り、以て仕(つか)うべくんば仕うるは、孔子なり。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 孔子が斉を離れるときは、雨でぬれながらも急ぎ足で去った。
- 魯を離れるときはこう言った:「私はゆっくりと歩いていく。ここは父母の国なのだから。」
- すぐに離れるべきならば速やかに、長く留まるべきならば長く、住むべきなら住み、仕えるべきなら仕える。
- これが孔子という人物なのだ。
用語解説
- 斉(せい):当時の大国の一つ。孔子は一時期、斉に仕えるも、理想と違いを感じて去る。
- 魯(ろ):孔子の故郷。父母の国、つまり生まれ育った愛着ある地。
- 淅(せき):細かい雨。ここでは「濡れながら」出ていったという描写。
- 接淅(せき)而行:雨に打たれてもためらわずに立ち去る意。
- 遲遲吾行也:ゆっくりと去る=名残惜しさや敬意を含んだ行動。
- 父母の国:親が暮らし、自分が育った土地。特別な愛着や礼節が求められる。
- 可以〜而〜:〜すべき状況であれば〜するという柔軟な対応を意味する。
- 孔子也:この行動こそが孔子の本質であるという強調。
全体の現代語訳(まとめ)
孔子が斉を離れるときは、冷たい雨に打たれてもためらうことなく去った。しかし、故郷である魯を離れる際には、「私はゆっくりと行く。ここは父母の国だからだ」と言った。
状況に応じて、すべきことをすべきように──迅速であるべきときは迅速に、長く留まるべきときは長く、住むべきなら住み、仕えるべきなら仕える──そうした柔軟かつ礼節ある振る舞いこそ、孔子の生き方である。
解釈と現代的意義
この章句は、「柔軟な行動原則と敬意ある選択」を孔子の人格として描いています。
- 孔子は、状況に応じて取るべき態度を見極め、そのとき最も適切な行動を選ぶ人だった。
- 斉では道が通らぬと見るや速やかに離れ、魯では故郷に対する深い情と敬意から慎重に歩を進めた。
- 「原則のある柔軟さ」と「状況に対する礼の感覚」がこの章の要点です。
ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
- 「去るべきときは去り、留まるべきときは留まる判断力」
→ 不適切な職場・取引・プロジェクトからは速やかに離れる。一方、信頼関係や恩義ある組織には礼を尽くす。 - 「環境や相手に応じた立ち居振る舞い」
→ 状況対応力、空気を読む力とは違い、「価値観と原則に基づいた柔軟性」。 - 「孔子は自律的な判断者」
→ 他者からの圧力や雰囲気に流されるのではなく、自分の判断基準で行動を選び取る姿勢。 - 「礼とはただの形式ではなく、敬意の表れ」
→ 慎重な行動、控えめな態度、名残惜しさを見せる姿勢も、相手への敬意であり、リーダーの重要な品格。
ビジネス用の心得タイトル
「速やかさと遅さに心を込めよ──状況を見極め、礼を尽くす行動力」
この章句は、「原則を持ちつつ状況に応じた行動ができる柔らかな強さ」こそが、孔子の品格であり、現代のリーダーにも通じる知恵であることを教えてくれます。
コメント