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大局的に考え実践することも忘れたくない

善意にとどまらず、仕組みを整えるのが本当の政治

孟子は、善良な心を持って民を助けた宰相・子産の行いに対し、厳しくも本質的な指摘をした。
冬の寒さの中、川を渡ろうとする民に自らの乗り物を使わせて助けた子産。その姿は、確かに恵み深い。しかし孟子は、それを「政(まつりごと)」として見ると、根本的に問題があると批判した。

それは「仕組み」がないということだ。
孟子はこう言う。もしも十一月に徒歩用の小橋を、十二月に車輌用の大橋を整備しておけば、そもそも人々が川を苦労して渡ることはなかっただろう、と。
政治とは、一人ひとりに施しを与えることではない。全体のことを考え、万人が等しく恩恵を受けられるような制度を築くこと――それこそが為政者の務めである。

目の前の一人に善行を尽くしても、それを繰り返せば日が暮れる。大局的な設計と実践がなければ、善意は限られた効果しかもたらさない。


原文(ふりがな付き)

子産(しさん)、鄭国(ていこく)の政(まつりごと)を聴(き)き、其(そ)の乗輿(じょうよ)を以(もっ)て人(ひと)を溱(しん)・洧(い)に済(わた)せり。
孟子(もうし)曰(いわ)く、恵(けい)なれども政(まつりごと)を為(な)すを知らず。
歳(とし)の十一月には徒杠(とかう)成(な)り、十二月には輿梁(よりょう)成(な)らば、民(たみ)未(いま)だ渉(わた)るを病(うれ)えざるなり。
君子(くんし)其(そ)の政(まつりごと)を平(たい)らかにせば、行(ゆ)きて人(ひと)を辟(さ)けしむるも可(か)なり。
焉(いずく)んぞ人人(ひとびと)にして之(これ)を済(わた)すを得(え)ん。
故(ゆえ)に政(まつりごと)を為(な)す者(もの)は、人毎(ひとごと)にして之(これ)を悦(よろこ)ばさんとせば、日(ひ)も亦(また)足(た)らず。


注釈

  • 子産(しさん):春秋時代、鄭国の名宰相。孔子も評価していた賢人。
  • 溱・洧(しん・い):鄭の国を流れる川。民が渡るのに苦労していた。
  • 徒杠(とかう):歩行者用の仮橋、小橋。
  • 輿梁(よりょう):車や馬車も通れるような大橋。
  • 行辟人(こうへきじん):道を譲らせること。為政者が優先されることも許される、の意。

心得の要点

  • 善意の行動は称賛に値するが、政治に必要なのは構造的な解決策。
  • すべての人に個別対応することは不可能。制度設計が肝要。
  • 小さな親切より、大きな仕組みづくり。為政者はその責任を忘れてはならない。
  • 公平性を伴った実行力こそが、長く民を救う道である。

原文:

子產聽鄭國之政、以其乘輿濟人於溱洧。
孟子曰、惠而不知爲政。
歲十一月徒杠、十二月輿梁、民未病涉也。
君子其政、行辟人可也、焉得人人而濟之。
故爲政者、每人而悅之、日亦不足矣。


書き下し文:

子産(しさん)、鄭国(ていこく)の政(まつりごと)を聴(と)り、其(そ)の乗輿(じょうよ)を以(も)って人を溱・洧(しん・い)に済(わた)せり。
孟子曰(いわ)く、恵(けい)なれども政(まつりごと)を為(な)すを知らず。
歳(とし)の十一月には徒杠(とかう)成(な)り、十二月には輿梁(よりょう)成らば、民(たみ)未(いま)だ渉(わた)るを病(うれ)えざるなり。
君子(くんし)其(そ)の政(まつりごと)を平(たい)らかにせば、行(ゆ)きて人を辟(さ)けしむるも可(か)なり。焉(いずく)んぞ人人(ひとびと)にして之(これ)を済すを得(う)べけんや。
故(ゆえ)に政(まつりごと)を為(な)す者は、人毎(ごと)にして之(これ)を悦(よろこ)ばさんとせば、日(ひ)も亦(また)足(た)らず。


現代語訳(逐語/一文ずつ訳):

  • 「子産、鄭国の政を聴き、其の乗輿を以て人を溱・洧に済せり。」
     → 子産は鄭国の政治を担っていたとき、自らの車を使って人々を川(溱・洧)に渡してあげた。
  • 「孟子曰く、恵なれども政を為すを知らず。」
     → 孟子は言った。「これは思いやりはあるが、政治をよく理解しているとは言えない。」
  • 「歳の十一月には徒杠成り、十二月には輿梁成らば、民未だ渉るを病まざるなり。」
     → 「年の十一月に歩行者用の仮橋が完成し、十二月には車が通れる仮橋ができるのなら、民は川を渡ることに困らない。」
  • 「君子其の政を平らかにせば、行きて人を辟けしむるも可なり。焉んぞ人人にして之を済すを得ん。」
     → 「君子(理想的な政治家)は政治を整え、秩序を保てば、人が自ら避けて通るようにもできる。どうして一人一人を自分で川渡ししてやろうなどとするのか。」
  • 「故に政を為す者は、人毎にして之を悦ばさんとせば、日も亦足らず。」
     → 「だから政治を行う者が、個々に直接喜ばせようとすれば、いくら時間があっても足りなくなる。」

用語解説:

  • 子産(しさん):春秋時代・鄭国の政治家。仁政で知られ、孟子も一部で称賛しているが、本章では方法論に対して批判的。
  • 乗輿(じょうよ):支配者や高官の乗り物。ここでは子産が使っていた車を指す。
  • 溱(しん)・洧(い):鄭国を流れる川の名前。
  • 徒杠(とかう):歩行者のための仮設橋。
  • 輿梁(よりょう):車両が通れる仮設橋。
  • 済す(わたす):川を渡らせる。助けて川を越えさせる意味。
  • 政を平らかにする:秩序だった政治を行うこと。

全体の現代語訳(まとめ):

子産は民に親切にしようと、自分の車を使って川を渡らせていた。
これを見た孟子は、「それは優しさではあるが、政治の本質を理解していない」と言う。
「十一月に歩行者用の仮橋を、十二月には車用の橋を架けていれば、民は困らない。
政治とは、仕組みを整えて民が自ら安全に行動できるようにすること。
一人一人に手を貸していたのでは、日がいくらあっても足りなくなる」と。


解釈と現代的意義:

孟子がここで語るのは、善意ある“個別対応”と、制度設計による“全体最適”の違いです。
子産は誠意ある名宰相でしたが、その善意は「直接助ける」ことに向けられすぎており、孟子はそれを「根本的な解決とはならない」と批判しています。

孟子の主張は、政治とは“仕組みづくり”であり、目先の同情でなく、構造を変えて持続可能な仕組みを整えることこそがリーダーの役割だ、というもので、現代の行政、経営、教育などあらゆる分野に通じる思想です。


ビジネスにおける解釈と適用:

  • 「優しさだけではマネジメントは成立しない」
     リーダーが全社員の問題を“自分で”解決しようとするのは、一見親切ですが持続可能ではありません。構造で解決することが必要です。
  • 「個別対応より、仕組み設計で全体を支える」
     橋をかける=仕組みを整備する。問題を予測し、システムやマニュアル、プロセスを用意しておくことが、真に“民を助ける”ことになります。
  • 「“みんなのために”の精神は、制度で表現せよ」
     顧客対応、社員育成、業務改善すべてにおいて、「人に依存する親切」から「誰でも享受できる仕組み」への移行が、持続可能な運営を実現します。

ビジネス用心得タイトル:

「善意の手助けより、制度という橋をかけよ──“仕組みの政治”が民を救う」

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