孟子は、人が他人を動かすには、まず自分が「誠=まこと」を尽くすことが不可欠であると説く。
自分が誠実でなければ、他人を感化することはできず、どれほどの言葉や地位も空虚に終わる。
孟子は、信頼と誠の連鎖構造を丁寧に説き明かす:
- 下の者が上に信頼されなければ、民を治めることはできない。
- 上に信頼されるには、まず友人・仲間から信頼されていなければならない。
- 友人からの信頼を得るには、まず親に仕えて悦ばれていなければならない。
- 親に悦ばれるには、自らを省みて「誠」でなければならない。
- そして、自らを誠にするには、「善とは何か」を明らかにしようと努めることが必要である。
こうして誠は、**「天の道=自然の摂理」であり、それを志すことは「人の道」**である。
孟子は断言する:
至誠(しせい)を尽くして、それでも人の心が動かないということは、未だかつて一度もない。
逆に、誠がなければ、誰一人として動かすことなどできない。
この言葉は、明治維新の精神的支柱となった吉田松陰も座右の銘として愛し、門下生に伝えたという逸話からも、その力強さと信念の深さがうかがえる。
原文(ふりがな付き)
孟子(もうし)曰(いわ)く、
下位(かい)に居(お)りて上(かみ)に獲(え)られざれば、民(たみ)得(え)て治(おさ)むべからざるなり。
上に獲らるるに道(みち)有(あ)り。
友(とも)に信(しん)ぜられざれば、上に獲られず。
友に信ぜらるるに道有り。
親(おや)に事(つか)えて悦(よろこ)ばれざれば、友に信ぜられず。
親に悦ばるるに道有り。
身(み)に反(かえ)りて誠(まこと)ならざれば、親に悦ばれず。
身を誠にするに道有り。
善(ぜん)に明(あき)らかならざれば、其(そ)の身を誠にせず。
是(こ)れの故(ゆえ)に、誠は天(てん)の道なり。
誠を思(おも)うは、人(ひと)の道なり。
至誠(しせい)にして動(うご)かざる者は、未(いま)だ之(これ)有(あ)らざるなり。
誠ならずして、未だ能(よ)く動かす者は有らざるなり。
注釈
- 誠(まこと):嘘や偽りのない真心。人の本質的な徳。
- 至誠(しせい):完全無欠な誠。誠の極致。自分の全存在をもって尽くす誠。
- 天の道/人の道:宇宙の法則と人間の道徳的努力。それぞれ自然と倫理を示す。
- 善に明らかならざれば…:何が善であるかを追求しなければ、真に誠を持つことはできない、という教え。
パーマリンク案(英語スラッグ)
- sincerity-moves-hearts(誠は心を動かす)
- 至誠-never-fails(至誠にして動かざる者なし)
- true-sincerity-is-unshakable(誠は揺るぎない力)
- no-trust-without-truth(誠なき者、信を得ず)
この章は、孟子が思想の中で最も大切にしていた**「誠」=人格と道徳の源**を説いた、極めて重要な教訓です。
「至誠にして動かざる者は、未だ之れ有らざるなり」――この言葉は、どの時代にも通じる力を持っています。
原文
孟子曰、居下位而不獲於上、民不可得而治也。獲於上有道、不信於友、弗獲於上矣。
信於友有道、事親弗悅、弗信於友矣。悅親有道、反身不誠、不悅於親矣。
不見不明乎善、不誠其身矣。是故誠者、天之道也;思誠者、人之道也。
至誠而不動者、未之有也;不誠、未有能動者也。
書き下し文
孟子曰(いわ)く、
下位に居して上に獲(え)られざれば、民を得て治むべからざるなり。
上に獲らるるに道(みち)有り。友に信ぜられざれば、上に獲られず。
友に信ぜらるるに道有り。親に事えて悦(よろこ)ばれざれば、友に信ぜられず。
親に悦ばるるに道有り。己(み)に反して誠(まこと)ならざれば、親に悦ばれず。
身を誠にするに道有り。善に明らかならざれば、其の身を誠にせず。
是の故に、
誠なるは天の道なり。誠を思うは人の道なり。
至誠(しせい)にして動かざる者は、未(いま)だ之有らざるなり。
誠ならずして能(よ)く動かす者は、未だ有らざるなり。
現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 孟子は言った:
- 下の立場にあって、上司や上の者に信頼されなければ、民を治めることはできない。
- 上に信頼されるには道がある。友人に信用されない者は、上にも信頼されない。
- 友に信用されるにも道がある。両親に仕えて喜ばれない者は、友人にも信頼されない。
- 両親に喜ばれるにも道がある。自分を省みて、誠実でなければ、親に喜ばれることもない。
- 自分を誠実にするには道がある。「善(よいこと)」を見極めていなければ、誠実な行いはできない。
- よって:
- 誠実さ(誠)は、天が与えた普遍の道である。
- 誠を志すことこそ、人が歩むべき道である。
- 真に誠実であれば、相手を動かさないことなどあり得ない。
- 誠実でない者が、人を動かすことは、決してできない。
用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
獲於上 | 上の者(上司・上位者)に評価・信任されること。 |
信於友 | 友人から信用されること。 |
悅於親 | 親に喜ばれること。 |
反身 | 自分を内省し、振り返ること。 |
誠(まこと) | 嘘偽りのない真心、内面と行動の一致。 |
善 | 道徳的によいこと、正しい行い。 |
至誠 | 完全な誠、限りなく真摯な心。 |
動かす | 相手の心を動かす、信頼や共感を得ること。 |
全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう語った:
下位の者が、上位の者から信頼を得ていなければ、
民(部下・組織・顧客)を治めることなどできない。
ではどうすれば上から信頼されるのか?
それは、まず友人たちからの信用を得ることである。
そして、友人に信頼されるには、まず親に仕えて喜ばれる人間であることが必要だ。
さらに、親に喜ばれるにはどうするか?
自分自身を省みて、誠実であること。
そして、誠実であるには、何が“善い”ことであるかを見極める目がなければならない。
だからこそ──
「誠実であること」は、天から与えられた普遍の法則であり、
それを志すことは、人としての正しい生き方である。
真に誠実であれば、相手の心を動かせないことは絶対にない。
反対に、誠実さがなければ、誰かを動かすことなど、決してできないのだ。
解釈と現代的意義
この章句は、孟子が一貫して重視する「誠(まこと)」の徳を、
組織論・人間関係・倫理の連鎖構造として鮮やかに描いています。
1. 信頼の連鎖は「身近な誠実さ」から始まる
- 上司からの信頼、部下からの支持、社会での影響力…
これらは、最終的には「自分自身の誠実さ」に行き着く。
2. 「小さな誠」を積み重ねることが「大きな信頼」を生む
- 友人や家族、目の前の人への誠実さが、やがて上司・組織・社会を動かす力になる。
3. 誠とは“動かす力”である
- 真に誠を尽くせば、人は必ず動く。
感動・共感・信頼は、誠によって生まれる。
ビジネスにおける解釈と適用
1. 上司の信頼を得たいなら、同僚や家族を大切にせよ
- 直属の上司からの評価を得たければ、まず日々の周囲への誠実な対応が鍵。
- 人としての誠実さは、全方向に通じる。
2. “誠実さ”は、最も強い影響力の源である
- 話術や交渉力ではなく、誠のある人間性こそが、心を動かす。
- “本気”で向き合うことが、相手を突き動かす。
3. 誠を忘れた成果主義は、長続きしない
- 数字や結果だけを追い求め、誠実さを欠いた組織は、いずれ崩壊する。
- 「何を為したか」以上に、「どう向き合ったか」が問われる時代へ。
ビジネス用心得タイトル
「信頼は誠から生まれ、誠なくして誰も動かせない──誠実の連鎖が組織を動かす」
この章句は、ビジネスにおける“信頼の本質”を説いた極めて実践的かつ哲学的な内容です。
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