― 弁論は使命であり、正道を守るための戦いである
孟子は前項に続いて、自身が「弁論を好む者」とされることに対し、それは誤解であるとはっきりと否定し、自分の行動は天命によるものだと力強く宣言する。
孟子はまず、歴代の聖人たちの偉業を引いて、自らの立場を説明する。
- 禹(う)は洪水を治めて、天下を安定させた
- 周公は異民族や猛獣を退けて、民を安らかにした
- 孔子は『春秋』を編んで、乱臣賊子を恐れさせ、秩序を取り戻した
『詩経』にもこうある。
「戎狄(じゅうてき)是(こ)れを膺(う)ち、荊舒(けいじょ)是れを懲(こ)らしむ」
― 西戎・北狄を討ち、南の荊・舒を懲らして、抵抗する者は誰もいなくなった
ここで孟子が言いたいのは、父も君も顧みず、道徳を欠いた者=禽獣のような存在は、周公が討つべき対象であり、孟子自身もまたその志を継ごうとしているということだ。
孟子は、現代(戦国の乱世)においても、人心を正し、邪説を退け、偏った行いや誤った言葉を追放することこそが自らの使命だと宣言する。
「我も亦(また)人心を正し、邪説を息(や)め、詖行(ひこう)を距(ふせ)ぎ、淫辞(いんじ)を放(ほう)つ」
― 心をまっすぐにし、道を狂わせる誤説を打ち破ることこそ私の務め
そしてこう続ける。
「豈(あ)に弁(べん)を好まんや。予(われ)已(や)むを得ざるなり」
― 私が言葉を尽くすのは、好んでのことではない。ただ、やらねばならぬことなのだ
最後に、孟子は自分だけでなく、同じように正しい言葉で邪説を退ける者は皆、聖人の仲間であると力強く述べる。
「能く言いて楊・墨を距ぐ者は、聖人の徒なり」
原文(ふりがな付き引用)
「能(よ)く言(い)いて楊(よう)・墨(ぼく)を距(ふせ)ぐ者は、聖人(せいじん)の徒(ともがら)なり」
― 真理をもって邪説を退ける者は、聖人と同じ道を歩んでいる
注釈
- 楊朱(ようしゅ)…「為我主義」、極端な個人主義を説いた。
- 墨翟(ぼくてき)…「兼愛主義」、家族も他人も平等に愛すべきと説いた。
- 詖行(ひこう)…偏った行動。倫理のバランスを崩す行い。
- 淫辞(いんじ)…節度を欠いた、道理から外れた言葉。
- 聖人の徒(せいじんのともがら)…聖人の志を継ぎ、その道を歩む者。
パーマリンク候補(英語スラッグ)
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(道を守る天命)not-debate-but-duty
(弁論ではなく使命)heirs-of-the-sages
(聖人たちの継承者)
この章は、孟子の自己認識の核心が示された極めて力強い一節です。
言葉で戦うという姿勢は、知識人の本分であり、道徳と秩序を守る者の責任である――それを孟子は自らの立場に重ね、宣言しています。
この章をもって、「弁論家・孟子」が「天命を担う者・孟子」として、確固たる姿を読者に提示する構成になっています。
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