― 富貴にも屈せず、貧賤にも動じず、威武にもひるまぬ心の力
縦横家の景春は、外交術で諸侯を動かした公孫衍や張儀こそ「大丈夫(だいじょうふ)=男の中の男」だと讃えた。
だが孟子は、それに強く反論する。諸侯の顔色をうかがい、利を追い、怒れば恐れられ、黙っていれば天下が平穏――それはまるで、良妻たる婦女子の理想でしかない、と。孟子にとっての「大丈夫」とは、そんなものではなかった。
本当の大丈夫は、
- 仁という広い家に住み、
- 礼という正しい位置に立ち、
- 義という大道を歩む者である。
そして、志を得たときには民とともにその道を行い、志を得られぬときにも一人でそれを貫く。
金や地位(富貴)で心が乱れることなく、貧しさや卑しさ(貧賤)で志が揺らぐことなく、暴力や権威(威武)に脅されても屈することがない。
それこそが孟子の語る真の「大丈夫」なのである。
「富貴(ふうき)も淫(みだ)すこと能(あた)わず、貧賤(ひんせん)も移(うつ)すこと能(あた)わず、威武(いぶ)も屈(くっ)すること能(あた)わず。此(こ)れを之(これ)大丈夫と謂(い)う」
現代で言う「ブレない人」「芯のある人」とは、まさにこの孟子の定義する「大丈夫」に近い。利に走る者は、たとえ一時的に人々を動かしても、真の尊敬を集めることはない。大丈夫とは、自分の中に正義と秩序の座標軸を持ち続けられる人のことなのである。
原文(ふりがな付き引用)
「富貴(ふうき)も淫(みだ)すこと能(あた)わず、貧賤(ひんせん)も移(うつ)すこと能(あた)わず、威武(いぶ)も屈(くっ)すること能(あた)わず。此(こ)れを之(これ)大丈夫と謂(い)う」
注釈
- 景春(けいしゅん)…戦国時代の策士・縦横家の一人。
- 公孫衍(こうそんえん)、張儀(ちょうぎ)…諸侯の同盟や対立を操った外交官的存在。権謀術数に長けていたが、孟子はその姿勢を軽んじている。
- 妾婦(しょうふ)の道…婦女子のあり方として、従順さを理想とする姿勢。孟子はこれを揶揄的に用いる。
- 仁・礼・義…孟子が重視した徳の中核。「仁」は思いやり、「礼」は社会秩序や礼節、「義」は正しき道。
- 淫す…心を惑わす、腐敗させるという意。
- 移す、屈する…志や信念が状況によって揺らぐことを示す。
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