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人を安易に評価してはならない:本質は立場ではなく志に宿る

弟子の公孫丑が孟子に「斉国で要職に就かれたら、管仲や晏子のような名宰相になれるのでは?」と尋ねた。
しかし孟子は、その問いかけをたしなめるように、歴史上の偉人を引き合いに出すことの浅薄さを諭す。

たとえば、かつて曾子の子・曾西は「あなたと子路ではどちらが優れているか」と問われ、慎み深く「子路は父も敬愛した方」と答えた。しかし、さらに「ではあなたと管仲では?」と問われると、曾西は不快感を露わにしてこう言った――
「どうして私を管仲などと比べるのか。彼は権勢を握り、長く政を執ったにもかかわらず、王道を実現せず覇道に留まった。私はそのような道を選ばない」。

孟子は、曾西ですら管仲との比較を拒んだことを例に挙げ、自分に対してそのような期待を抱くことを戒めた。
人を評価するには、名声や実績だけでなく、その志や選んだ道の深さを見るべきだ。


原文(ふりがな付き引用)

「公孫丑(こうそんちゅう)問(と)うて曰(いわ)く、夫子(ふうし)路(みち)に斉(せい)に当(あ)たらば、管仲(かんちゅう)・晏子(あんし)の功(こう)、復(ま)た許(ゆる)すべきか。
孟子(もうし)曰(いわ)く、子(し)は誠(まこと)に斉(せい)の人(ひと)なり。管仲・晏子を知(し)るのみ。
或(ある)ひと曾西(そうせい)に問(と)うて曰(いわ)く、吾子(ごし)と子路(しろ)と孰(いず)れか賢(まさ)れる、と。
曾西蹵然(しゅくぜん)として曰(いわ)く、吾(わ)が先子(せんし)の畏(おそ)れし所(ところ)なり、と。
曰(いわ)く、然(しか)らば則(すなわ)ち吾子と管仲と孰(いず)れか賢(まさ)れる、と。
曾西艴然(ふつぜん)として悦(よろこ)ばずして曰(いわ)く、爾(なんじ)何(なん)ぞ曾(かつ)て予(われ)を管仲に比(くら)ぶるや。
管仲は君(きみ)を得(え)ること、彼(かれ)の如(ごと)く其(そ)れ専(もっぱ)らなり。国政(こくせい)を行(おこな)うこと、彼の如く其れ久(ひさ)しきなり。功烈(こうれつ)、彼の如く其れ卑(ひく)きなり。
爾何(なん)ぞ曾ち予を是(これ)に比するや、と。
曰(いわ)く、管仲は曾西の為(な)さざる所(ところ)なり。而(しか)るに子我(われ)が為(ため)に之(これ)を願(ねが)うか。」


注釈(簡潔版)

  • 管仲(かんちゅう):斉の宰相。桓公を補佐し覇者に仕立てた人物。名声は高いが、孟子の説く「王道」ではなく「覇道」の象徴。
  • 晏子(あんし):斉の賢臣。民を思いやる統治で知られた。
  • 曾西(そうせい):孔子の弟子・曾参(曾子)の息子。
  • 子路(しろ):孔門の高弟で直情径行の人。孔子からの信頼も厚かった。
  • 蹵然(しゅくぜん):恐縮して慎む様子。
  • 艴然(ふつぜん):むっとして機嫌を損ねるさま。
  • 功烈(こうれつ):功績、偉業。

1. 原文

公孫丑問曰、夫子當路於齊、管仲・晏子之功、可復許乎。
孟子曰、子齊人也、知管仲・晏子而已矣。
或問乎曾西曰、吾子與子路孰賢。
曾西蹵然曰、吾先子之畏也。
曰、然則吾子與管仲孰賢。
曾西艴然不悅曰、爾何曾比予於管仲。
管仲得君、如彼其專也。行乎國政、如彼其久也。功烈、如彼其卑也。
爾何曾比予於是。曰、管仲曾西之不為也、而子為我願之乎。


2. 書き下し文

公孫丑、問うて曰く、夫子、斉に路(みち)に当たらば、管仲・晏子の功、復た許すべきか。
孟子曰く、子は斉の人なり。管仲・晏子を知るのみ。
あるひと、曾西に問うて曰く、吾子と子路と孰(いず)れか賢れる。
曾西、蹵然として曰く、吾が先子の畏れし所なり。
曰く、然らば則ち吾子と管仲と孰れか賢れる。
曾西、艴然として悦ばず曰く、爾(なんじ)何ぞ曾(かつ)て予を管仲に比するや。
管仲、君を得ること、彼のごとく其れ専らなり。国政を行うこと、彼のごとく其れ久しきなり。功烈、彼のごとく其れ卑しきなり。
爾何ぞ曾ち予を是に比するや。
曰く、管仲は曾西の為さざる所なり。而るに子、我がために之を願うか。


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

  • 公孫丑が尋ねた。「先生(孟子)がもし斉で政権を取ったならば、管仲や晏子のような功績を再び成し遂げることができるでしょうか?」
  • 孟子は答えた。「あなたは斉の人だから、管仲と晏子のことしか知らないのだ。」
  • ある人が曾西に尋ねた。「あなたと子路では、どちらが優れていると思いますか?」
  • 曾西はびくっとして答えた。「子路は私の父が恐れ敬った人物です。」
  • その人がさらに尋ねた。「それではあなたと管仲では、どちらが優れていますか?」
  • 曾西は怒って不機嫌になり、「なぜ私を管仲と比べるのか」と言った。
  • 「管仲は君主に仕えて、非常に専制的だった。政権を長く握り、功績はあるが、そのやり方は下劣であった。」
  • 「なぜ私をそのような人物と比べるのか。」
  • 「管仲は、私が絶対にやらないようなことをした人間だ。そのような人物になることを、あなたは私に望むのか?」

4. 用語解説

  • 公孫丑(こうそんちゅう):孟子の弟子の一人。頻繁に孟子に問いかける存在として登場。
  • 當路(とうろ):政権を握る、政治の中枢に立つ。
  • 管仲(かんちゅう):斉の名宰相。富国強兵を推進し、実利を重視。
  • 晏子(あんし):斉の賢臣。礼節と仁義を重んじる小さな巨人として知られる。
  • 曾西(そうせい):孔子の高弟・曾子のこと。徳行を重んじた人物。
  • 子路(しろ):孔子の弟子。勇敢で正義感が強い。
  • 蹵然(そくぜん):はっと驚いたさま。
  • 艴然(ふつぜん):怒りをあらわにするさま。
  • 功烈(こうれつ):目に見える功績。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

弟子の公孫丑が孟子に「先生がもし斉の政権を握ったなら、管仲や晏子のような業績を上げられますか?」と問うた。孟子は「あなたは斉の人だから、彼らしか知らないのだ」と応じる。

また、ある人物が曾西に「あなたと子路ではどちらが優れているか?」と問うと、曾西は「子路は私の父も敬った人だ」と答えた。さらに「それではあなたと管仲では?」と問われると、曾西は怒って「なぜ私を管仲と比べるのか。管仲は君主に仕えて強権をふるい、長く政権を握ったが、そのやり方は下品だった。私はそのようなことは絶対にしない。それを私に望むのか」と強く否定した。


6. 解釈と現代的意義

この章句は、「結果的な功績よりも、その過程と倫理が重要である」という孟子の一貫した思想を表しています。

  • 結果主義を否定:どれだけ大きな成果をあげても、正義や道義に反する手段では意味がない。
  • 倫理の優位性:曾西の態度は、外見上の成功と道徳的整合性を明確に区別している。
  • リーダーの資質とは何か:単に政権を取って改革を行うだけでなく、「どう行うか」にこそ人格が問われるという教え。

7. ビジネスにおける解釈と適用

「成果だけを評価するマネジメントの危険」

現代企業において、KPIや売上といった「成果」だけに目を奪われると、手段の正当性や倫理性が犠牲になりやすい。たとえば、パワハラやブラック労働のもとで数字を出しても、企業価値を損なうリスクがある。

「組織における倫理観と一貫性」

曾西の「私にはできない」という一貫した態度は、リーダーとしての信念や軸の強さを象徴する。リーダーが価値観を明確にし、それに反する行為を拒絶することは、信頼を築くうえで不可欠。

「“為さざる所”を明言する勇気」

「私はそれをしない」と言える人間は、強い。全員がそれをしたがっている時こそ、「私はしない」と言える人材は、企業の軸となる存在である。


8. ビジネス用の心得タイトル

「成果より誠実、比ぶるに値せぬ信念を持て」


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