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王道とは、民の生を養い、死を悼む道である

「生を養い、死を悼む──真の豊かさが王道を拓く」

孟子は、民の暮らしを根底から支えるための方策として、三つの基本を挙げる。

  1. 農繁期に労役を課さないこと
     民の農作業の時期を妨げなければ、穀物はあふれるほど実る。
  2. 細かい網で魚を獲り尽くさないこと
     小魚を残し、資源を守れば、魚やすっぽんは豊かに育つ。
  3. 森林の乱伐を避け、伐採時期を守ること
     適切な管理がなされれば、材木も使いきれないほど豊かになる。

こうした配慮があれば、民は安定した生活を送り、老いては十分に養われ、亡くなれば丁寧に葬られる。これこそが、孟子の言う「王道のはじまり」である。

仁政とはただの理想論ではない。自然と共に調和し、民を苦しめず、生活基盤を整えることから始まる具体的な政治の実践なのだ。

目次

補足:孟子の王道思想とその現代的意義

孟子の「王道」は、理念ではなく生活と密着した実践の哲学です。自然資源を守り、民の労働を尊重し、死者にも敬意を払う――こうした一つひとつの具体的な行いが、徳に満ちた政治の根幹をなすと孟子は説きます。

現代の政治・行政・経営においても、「構造改革」や「効率化」の名のもとに、現場の声や自然との共生が軽視されることがあります。しかし、孟子の言葉は、「まず人々の暮らしを安定させよ、そこからすべてが始まる」と教えてくれます。

吉田松陰がこの章を重視し、明治維新の精神的支柱としたのも、単なる理論ではなく、民を起点とした具体の政治を求めたからにほかなりません。

原文

不違農時、穀不可勝食也。
數罟不入洿池、魚鼈不可勝食也。
斧斤以時入山林、材木不可勝用也。
穀與魚鼈不可勝食、材木不可勝用、
是使民養生喪死無憾也。
養生喪死無憾、王道之始也。

引用(ふりがな付き)

「農時(のうじ)を違(たが)わざれば、穀(こく)勝(あ)げて食(くら)うべからず。数罟(そうこ)洿池(おち)に入(い)らざらしめば、魚鼈(ぎょべつ)勝げて食うべからず。斧斤(ふきん)時(とき)を以(もっ)て山林(さんりん)に入(い)れば、材木(ざいもく)勝げて用(もち)うべからず。
穀と魚鼈と勝げて食うべからず、材木勝げて用うべからざるは、是(こ)れ民(たみ)をして生(せい)を養(やしな)い死(し)を喪(ほうむ)して憾(うら)み無(な)からしむるなり。
生を養い死を喪して憾み無きは、王道(おうどう)の始(はじ)めなり。」

注釈

  • 農時…農民が最も忙しい播種や収穫の季節。ここを妨げることは生活基盤を崩す。
  • 数罟(そうこ)…目の細かい網。小魚まで取り尽くす漁法の象徴。
  • 洿池(おち)…自然の水たまりや人工の池。生態系が育つ場所。
  • 斧斤(ふきん)…木を切る道具。森林伐採の象徴。
  • 王道(おうどう)…徳と仁による正しい統治。覇道(武力や利で治める道)に対する対概念。

現代語訳(逐語・一文ずつ訳)

  • 「農時を違わざれば、穀勝げて食うべからず」
     → 農繁期を妨げなければ、穀物は余るほど収穫できる。
  • 「数罟洿池に入らざらしめば、魚鼈勝げて食うべからず」
     → 目の細かい網で小魚まで乱獲しなければ、魚やスッポンも豊富に獲れる。
  • 「斧斤時を以て山林に入れば、材木勝げて用うべからず」
     → 伐採の時期を守って山林に入れば、材木も潤沢に得られる。
  • 「穀と魚鼈と勝げて食うべからず、材木勝げて用うべからざるは…」
     → 穀物も魚も木材も、余るほどに手に入るということは…
  • 「是れ民をして生を養い死を喪して憾み無からしむるなり」
     → 民が生きている間は十分に養われ、死後にはきちんと葬られ、何の不満もないということだ。
  • 「生を養い死を喪して憾み無きは、王道の始めなり」
     → 生を尊び、死を悼むことに不満がない状態こそ、王道政治の出発点である。

用語解説

  • 農時(のうじ):農業に適した時期。春耕や秋収など。
  • 勝げて〜べからず(あげて〜べからず):〜しきれないほど多い。余るほどに。
  • 数罟(すここ):目の細かい網。乱獲の象徴。
  • 洿池(おち):魚が住む天然や人工の池。漁業資源の場。
  • 斧斤(ふきん):斧やまさかり。伐採の道具。
  • 養生喪死(ようせいそうし):生きている間の生活の保障と、死者の丁重な埋葬。
  • 王道(おうどう):仁義に基づく政治。民と共にある理想の統治形態。

全体の現代語訳(まとめ)

農業の時期を妨げなければ、穀物は豊かに収穫される。
乱獲をしなければ、魚やスッポンもたくさん獲れる。
伐採の時期を守れば、材木も余るほど得られる。
穀物も魚も木材も豊富に手に入れば、
民は生きている間はよく養われ、死んだ後も丁重に葬られ、不満はない。
このように「生きること」「死ぬこと」の両方で民に不満がない状態こそ、
王道政治の出発点である。

解釈と現代的意義

孟子が説く「王道」の本質は、民の生活と死の尊厳を等しく重視することにあります。

ここで孟子は、倫理的な道徳だけでなく、資源管理・制度設計・社会保障を含む「経済と倫理の統合」を説いています。
「生産時期を尊重し、資源を乱獲せず、自然の摂理に沿った統治を行えば、国は豊かになる」というのは、
現代で言うところの サステナビリティ(持続可能性)思想の原型とも言えます。

さらに、「民が生を全うし、死を悼まれる」ことが満たされてこそ、政治は正当性を持つという孟子の主張は、
現代社会の福祉国家や人間の尊厳に関わる根幹的な価値観に通じています。

ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

  • サステナブルな経営=王道の第一歩
     過剰な収奪(乱獲・酷使・利益最優先)ではなく、資源・人材・時間を適切に運用すれば、組織は持続可能に発展する。
  • 社員の「生」と「喪」を支える仕組み
     働いている間の待遇だけでなく、休職・退職・育児・看取りなど、人生のすべてに誠実な制度設計をすべき。
     “生を養い、死を悼む”姿勢が、会社への信頼を築く。
  • 数ではなく「質」に基づく豊かさを求める経営
     効率や利益に偏重しすぎず、「丁寧なプロセス」「倫理的生産」が最終的にはブランド力や定着率を高める。
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