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善意だけでは民はついてこない

「尽力しているつもりでも、人は心に従う──伝わる政治、伝わる経営を」

梁の恵王は、民を思って心を尽くして政治を行っていると語る。凶作があれば、余裕のある地域に民を移し、穀物も分配している。こうした配慮は、他国のどの王よりも優れていると自負している。

しかし、現実には自国の民は増えず、隣国の民は減らない。それはなぜか――

この問いの裏には、「自分はよくやっているのに、なぜ報われないのか」という王の困惑と不満がにじむ。

孟子はこのあとで、王の政治が“見かけ上”の善政であることを明かしていく。

つまり、「心を尽くしている」という主観だけでは不十分であり、それが民の信頼と生活改善という“結果”に結びつかなければ、真の政治とは言えないのである。

目次

現代に通じるリーダーへの問いかけ

この章で孟子が見抜いたのは、表面的な「配慮ある政策」と、実際に民の心を動かす「徳ある政治」の違いである。

恵王の言う政策は確かに実務的には機能しているように見える。しかし、民は動かず、隣国との人口差も変わらない。つまり、民が本当に信頼し、帰属したいと思える“心の通う統治”が欠けていた。

これは現代の企業や国家における「リーダーの自己満足型マネジメント」にも通じる警鐘であり、「思い」だけでなく「成果」=民の幸福という現実こそが問われるべきだという孟子のメッセージが響きます。

原文

梁惠王曰、
「寡人之於國也、盡心焉耳矣。
河南凶、則移其民於河東、移其粟於河南。河東凶亦然。
察鄰國之政、無如寡人之用心者。
鄰國之民不加少、寡人之民不加多、何也?」

書き下し文(ふりがな付き)

「梁(りょう)の恵王(けいおう)曰(いわ)く、

寡人(かじん)の国(くに)に於(お)けるや、心(こころ)を尽(つ)くすのみ。河内(かだい)凶(きょう)すれば、則(すなわ)ち其(そ)の民(たみ)を河東(かとう)に移(うつ)し、其の粟(ぞく)を河内に移す。

河東凶するも亦(また)然(しか)り。鄰国(りんこく)の政(まつりごと)を察(さっ)するに、寡人の心を用(もち)うるが如(ごと)き者(もの)無し。

鄰国の民(たみ)少(すく)なきを加(くわ)えず、寡人の民多(おお)きを加えざるは、何(なん)ぞや。

現代語訳(逐語・一文ずつ訳)

  • 「寡人の国に於けるや、心を尽くすのみ」
     → 私は自分の国のために、できる限りの心配りをしているつもりだ。
  • 「河内凶すれば、其の民を河東に移し、其の粟を河内に移す」
     → 河内(洪水や飢饉など)が不作であれば、民を河東に移し、食糧を河内に送る。
  • 「河東凶するも亦然り」
     → 河東が不作であれば、同様の対応をしている。
  • 「隣国の政治を観察しても、私ほど心を尽くしている者はいない」
     → 周囲の国の政策を見ても、これほど民を思いやっている王はいないと自負している。
  • 「隣国の民が減ることもなく、私の国の民が増えることもない。なぜなのだ?」
     → にもかかわらず、隣国から人が流れてくることもなく、私の国の人口も増えない。どうしてなのか?

用語解説

  • 寡人(かじん):諸侯が自称する謙譲語。「徳の少ない者」の意。
  • 河内・河東(かない・かとう):黄河の内側と東側。古代中国の地名で、王の支配地を指す。王国内の異なる地域。災害などがあった際に民を融通し合う対象。
  • 凶(きょう):不作、飢饉、災害。
  • 粟(ぞく):穀物、主に食糧全般を指す。
  • 加多・加少:増える、減るの意。人口動態を表す。
  • 民少なきを加えず…隣国の民が減らない=流入してこないことを嘆いている。

全体の現代語訳(まとめ)

恵王は言った:
「私は国の政治に心を尽くしている。
たとえば、河内で飢饉が起これば、民を河東へ移し、河内に食糧を送る。
河東が困れば同じようにする。
周囲の国々を見渡しても、私ほど民のことを考えている王はいない。
それなのに、隣国の民は減らず、我が国の民も増えない。なぜだろうか?」

解釈と現代的意義

この章句は、恵王の“善政自負”とその限界を描いている。

彼は災害対応などにおいて細かく配慮していると自負しており、行政面では「尽力している」と感じている。しかし、結果として民の流入(人口増)という成果が出ていないことに疑問を感じている

孟子はこの後で、「政策の“表面”ではなく“徳と道理”が民心を動かす」と諭す流れへとつなげていきます。

つまりこの一節は、リーダーが自己満足に陥っていないかを省みる鏡であり、「どれだけ良かれと思って施策を打っても、民の心に響いていなければ意味がない」という教訓を示しています。

ビジネスにおける解釈と適用

「善意の政策」と「信頼の結果」は別物

トップが「頑張っている」と思っていても、現場や顧客にとっては「意味がない」「実感がない」ことがある。

評価されない理由を他人に求める前に、「それが本当に届いているか」を振り返る必要がある。

「やってる感」より「伝わるか」

社内施策・福利厚生・CSRなども、設計者の満足ではなく、受け取る側の反応で価値が決まる

誠実さや倫理、行動の一貫性といった“無形の信頼”こそが、人を惹きつける。

「結果が出ない」のは“やり方”ではなく“信念”が足りないからかもしれない

恵王のように、効率的で実務的な施策だけで民心を得られるとは限らない。

共感・理念・誠実な対話をもって初めて「人がついてくる」組織ができる。

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