魏徴は、貞観十三年、太宗の近年の姿勢に危機感を抱き、十の理由を挙げて諫言した。それは、単なる批判ではなく、真に太宗が「始めたことを終わらせるために必要な心得」を伝えるためであった。
かつての太宗は、倹約を重んじ、民を慈しみ、正道を貫こうとしていた。しかし天下が治まるとともに、少しずつ贅沢・慢心・形式主義・人事の偏りが現れ、純朴な政治が薄れていった。魏徴はその「漸くして変わる兆し」を明確に十条にまとめ、次のように戒めた。
心得の要点(抜粋・簡約)
- 倹約から奢侈へ:外国の珍品や名馬を求め、素朴さが失われた。
- 民への配慮の喪失:労役を当然とし、民の苦しみに鈍感になった。
- 諫言を避ける言葉:自身の欲望を「必要」と偽り、臣下の意見を封じる。
- 小人との交際:節操ある人材より、阿る小人に親しむようになった。
- 贅沢な嗜好の拡大:奇珍を好み、質素な暮らしから逸脱した。
- 人事の軽率さ:一人の噂で人を退け、長年の実績を無にしている。
- 狩猟の過熱:国政を離れ、過度に娯楽に傾倒する兆しがある。
- 君臣の信頼の断絶:臣下を信じず、耳を貸さず、政治の疎通が崩れてきた。
- 四つの戒めの忘却:傲慢・欲望・快楽・野望が抑えられていない。
- 人民の疲弊:労役と物流負担が民を疲れさせ、災害に耐え得る力を失っている。
原文引用(ふりがな付き・代表箇所)
「禍(わざわい)福(ふく)無門(もん)、唯(ただ)人(ひと)自(みずか)ら招(まね)くのみ」
――災いにも福にも、原因はすべて為政者の心の持ちようにある。
注釈(要約)
- 漸不克終(ぜんふくしゅう):少しずつ初志を失い、終わりまで貫くことができなくなる。
- 傲不可長(ごうふかちょう)・欲不可縱(よくふかしょう):謙虚さと節制が失われた時、徳は急速に崩れる。
- 視人如傷(しじんじょしょう):民の苦しみを己の痛みとする視点の重要性。
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(終わりの徳は一貫性にかかる)です。魏徴の全上奏の主旨「最初の志を最後まで貫くことこそ真の美徳」を最も端的に表しています。
この章は『貞観政要』全体の中でもとりわけ深く、太宗の器の大きさ、魏徴の忠誠心、そして「為政者の倫理」を示す古典的名篇です。続きの章、またはこの章の十条それぞれの個別心得化も可能です。
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