貞観九年、太宗はその功績を振り返り、「自ら何もせずとも異民族は服属し、国は治まり、徳政が広がった」と語った。だがその口調には慢心はなく、「これらの成果は皆、臣下の力による」とし、未来に向けての責任を強調した。
「始めたからには最後まで貫き、子孫も協力して事業を守り、百年後に歴史を読む者の目に誇りある時代と映るようにせねばならない」と。
この言葉に対して、房玄齢は「真の治世は陛下の徳に基づくものであり、功績を下に譲る姿勢こそまさに陛下の美徳」と讃え、志を最後まで保っていただきたいと願った。
太宗はさらに、自らの武功・学問・教化・異民族への影響において「古のどの帝王にも勝る」と語ったが、同時に「この三つの功績も、自らの徳によって得たとは思えない」と謙虚に結び、「このまま終わらせてはならぬ」と自らを律した。
真の偉大さとは、成し遂げたことの大きさではなく、それを誇らず、謙虚に志を貫く姿勢にこそ宿る。
原文(ふりがな付き)
貞觀(じょうがん)九年、太宗(たいそう)、公卿(こうけい)に謂(い)いて曰(いわ)く、
「朕(ちん)、端拱無爲(たんきょうむい)にして、四夷(しい)咸(みな)服(ふく)す。
豈(あ)に朕(ちん)一人(いちにん)の力(ちから)を以(もっ)て致(いた)すべけんや。
実(まこと)に諸公(しょこう)の力(ちから)に賴(たよ)るのみ。
当(まさ)に善始(ぜんし)して令終(れいしゅう)すべく、鴻業(こうぎょう)を永(なが)く固(かた)くすべし。
子子孫孫(ししそんそん)、遞(たが)いに相(あい)輔(たす)け、
豊功厚利(ほうこうこうり)を来葉(らいよう)に施(ほどこ)し、数百年後(すうひゃくねんのち)、わが国史(こくし)を読む者(もの)に、
鴻勲茂業(こうくんぼうぎょう)粲然(さんぜん)として観(み)る可(べ)きならしむ。
豈(あ)に惟(た)だ隆周(りゅうしゅう)・炎漢(えんかん)、建武(けんぶ)・永平(えいへい)の故事(こじ)のみを称(しょう)せしむべけんや」
房玄齡(ぼうげんれい)、因(よ)りて進(すす)みて曰(いわ)く、
「陛下(へいか)、撝挹(きいゅう)の志(こころざし)あり、功(こう)を群下(ぐんか)に推(お)し、
致理(ちり)昇平(しょうへい)は本(もと)より陛下(へいか)の徳(とく)に関(かか)る。
臣下(しんか)何(なん)の力(ちから)か之(これ)有(あ)らん。
惟(た)だ願(ねが)わくは陛下、有始有卒(ゆうしゆうそつ)せば、則(すなわ)ち天下(てんか)永(なが)く賴(たよ)るべし」
太宗(たいそう)、また曰(いわ)く、
「朕(ちん)観(み)るに、古先(こせん)撥乱(はつらん)の主(しゅ)みな年(とし)四十を踰(こ)え、
惟(た)だ光武(こうぶ)のみ三十三(さんじゅうさん)なり。
然(しか)れども朕(ちん)は年十八(じゅうはっさい)にして兵(へい)を挙(あ)げ、年二十四(にじゅうよん)にして天下(てんか)を定(さだ)め、
年二十九(にじゅうく)にして天子(てんし)と昇(のぼ)る。これすなわち武(ぶ)において古(いにしえ)に勝(まさ)れるなり。
少(わか)きより戎(いくさ)に従(したが)い、書(しょ)を読むに暇(いとま)あらず。
貞観(じょうがん)以(このかた)、手(て)に巻(まき)を釋(ゆる)さず、
風教(ふうきょう)の本(もと)を知(し)り、政理(せいり)の源(みなもと)を見(み)る。
これを行(おこな)うこと数年(すうねん)にして、天下(てんか)大(おお)いに治(おさ)まり、風(ふう)移(うつ)り俗(ぞく)変(へん)じ、
子(し)孝(こう)に、臣(しん)忠(ちゅう)なり。これまた文(ぶん)において古(いにしえ)に勝(まさ)れるなり。
昔(むかし)より周(しゅう)・秦(しん)已降(いこう)、戎狄(じゅうてき)中国(ちゅうごく)に侵(おか)す。
今(いま)戎狄(じゅうてき)これを顙(ぬか)ずき、皆(みな)臣妾(しんしょう)と為(な)る。
これまた懷遠(かいえん)において古(いにしえ)に勝(まさ)れるなり。
この三者(さんしゃ)、何(なん)の徳(とく)を以(もっ)てこれを堪(た)えん。
既(すで)にこの功業(こうぎょう)有(あ)れば、何(なん)ぞ善始慎終(ぜんししんしゅう)せざるを得(え)んや」
注釈
- 端拱無爲(たんきょうむい):何もせず静かに構えているだけで天下が治まる、理想的な政治の姿勢。
- 撝挹(きいゅう):謙遜して功績を譲ること。
- 懷遠(かいえん):遠方の民族や国を懐柔すること。対外政策の成功を指す。
- 善始令終(ぜんしれいしゅう)・善始慎終(ぜんししんしゅう):物事を初めだけでなく、最後まで正しく行い続けること。
- 鴻勲茂業(こうくんぼうぎょう):大きな功績と豊かな事業。
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