―『貞観政要』巻五より:泉蓋蘇文の献上を拒絶した太宗の判断
🧭 心得
不義の者が捧げる品は、いかに貴重でも、それを受け取ることは国家の徳を傷つける。
貞観十八年、高句麗を治める軍閥の**泉蓋蘇文(せんがいそぶん)**は、自らの主君を弑逆(しいぎゃく=君主を殺害)したのち、唐に白金を献上した。だがこれは、自らの罪を取り繕い、唐の討伐を回避しようとする“賄賂”に等しかった。
それに対し、**褚遂良(ちょすいりょう)**は太宗に進言する。
「君主を殺した不忠者の贈り物を受け入れるなら、何の正義があってその者を討伐できましょうか。春秋の例に従えば、こうした賄賂は断じて受けるべきではありません」。
太宗はこの意見を容れて、泉蓋蘇文の献上品を拒否した。
それは、国の徳を保ち、討伐の正義を明確にするための冷静かつ道義的な決断であった。
🏛 出典と原文
貞観十八年、高句麗を討伐しようとする太宗に、
その軍閥・泉蓋蘇文が白金を献上してきた。
黄門侍郎・褚遂良、これを諫めて言う:
「泉蓋蘇文は、自国の君主を殺害した者です。
陛下はその不義を正すために兵を挙げ、遼東の民のために仇を討とうとしているのです。
昔より、君主を弑した者からの贈り物は、決して受け取ってはならぬとされてきました。
宋の華父督が殤公を殺して郜鼎を魯に献じたとき、魯の臧哀伯は桓公を厳しく諫めました。
『君主は徳を示し、不道を拒むべきです。不義者の献上を廟に供えたなら、百官がこれをまねても誰が責められるでしょうか』と。
春秋の書は、百代の規範です。不臣の献上を黙認するなら、何をもって彼を討てましょうか。
この献上は、断じて受けてはなりません」。
太宗、これに従った。
🗣 現代語訳(要約)
君主を殺した不義の者から贈り物を受け取れば、それはその罪を黙認するに等しい。
褚遂良の進言を受けた太宗は、討伐の大義と国家の徳を守るために、贈り物の受領を拒否した。
📘 注釈と解説
- 泉蓋蘇文(せんがいそぶん):高句麗の軍閥で、実権を掌握した人物。自国の王を殺して実質的な支配者となった。
- 白金:銀を意味する。古代では貴重な献上品。
- 不臣(ふしん):忠義に背いた者。君主に従うべき臣としての道に反した者。
- 弑(しい):目上、特に君主や父母などを殺すこと。
- 臧哀伯(ぞうあいはく):春秋時代の魯の忠臣。礼と正義に厳しく、君主にも諫言した人物。
🔗 パーマリンク案(英語スラッグ)
reject-unrighteous-gifts
(主スラッグ)- 補足案:
no-honor-from-traitors
/virtue-before-bribe
/gifts-from-betrayers-denied
この章は、大義のない繁栄は国を滅ぼすという、政道の原則を貫いた逸話です。
コメント