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民を思う心が、天に通じる

―『貞観政要』巻二より

🧭 心得

天災に直面したとき、為政者は責任を他に転嫁せず、自らに災いを引き受ける覚悟を持つべきである。
貞観二年、長安で干ばつとイナゴの害が発生した際、太宗は禁苑で実際に穀物を視察し、イナゴを手に取って「民に罪があるならそれは私の責任」と語った。そして、民を害することなく自らを蝕めと呪い、実際にそのイナゴを飲み込んだ。
太宗のこの真摯な姿勢は、民のために己を犠牲にする決意を体現するものであり、結果としてイナゴの被害は鎮まったという。

🏛 出典と原文

貞觀二年、京師(けいし)旱(ひでり)し、蝗蟲(こうちゅう)大いに起こる。太宗(たいそう)、苑(えん)に入(い)りて禾(いね)を視(み)る。蝗蟲を見るや、数枚(すうまい)を取(と)りて呪(のろ)いて曰(いわ)く、
「人(ひと)は穀(こく)を以(もっ)て命(いのち)となし、汝(なんじ)これを食(くら)うは、是(これ)百姓(ひゃくせい)を害(がい)するなり。百姓に過(あやま)ち有(あ)らば、それ予(われ)一人に在(あ)り。爾(なんじ)其(そ)の霊(れい)有(あ)らば、但(ただ)我(わ)が心(こころ)を蝕(むしば)め、百姓を害(そこな)うこと無(な)かれ」。

将(まさ)にこれを吞(の)まんとす。左右(さゆう)、遽(にわ)かに諫(いさ)めて曰く、「病(やまい)を致(いた)します、不可(ふか)なり」。

太宗曰、「冀(こいねが)はくは災(わざわい)をわが身(み)に移(うつ)さんとす。何(なん)ぞ病(やまい)を恐(おそ)れんや」。

遂(つい)にこれを吞む。自(これ)より蝗(こう)、復(ふたた)び災(わざわい)と為(な)さず。

🗣 現代語訳(要約)

貞観二年、長安に干ばつとイナゴが発生した。太宗は、イナゴを見て「民を害するな、害があるならば自分にこい」と呪い、実際にイナゴを飲み込んだ。これは災いを身に引き受けようという誠意の表れであり、結果としてイナゴの害は治まった。

📘 注釈

  • 蝗蟲(こうちゅう):イナゴ。農作物を荒らす害虫。
  • 呪(のろ)う:祈りや言葉で霊的な力に訴えること。
  • 百姓(ひゃくせい):一般庶民・人民。
  • 冀(こいねが)う:願う、望む。

🔗 パーマリンク案(英語スラッグ)

  • swallowing-locusts-for-the-people(主スラッグ)
  • 補足案:burden-of-the-ruler / sacrifice-for-the-many / empathy-in-action
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