目次
身を滅ぼすのは、環境ではなく心の欲である
貞観十六年、太宗は側近たちに向かって、古人の戒めの言葉を引用しながらこう説いた。
鳥は高い木の枝に巣を作り、魚は深い水底の穴に棲む――にもかかわらず人に捕らえられるのは、すべて餌に釣られて出てきてしまうからである。
つまり、自らの欲が身を危険にさらすのだ。
太宗は、臣下たちが高位高禄を得ているからこそ、忠義と正道を守れば災いは決して起こらず、子孫にまで繁栄が続くと説く。
そしてまた、「禍福(かふく)は門から入るのではなく、人が自ら招くものだ」という古人の言葉を引き、
欲に目がくらんで不正を犯す者は、鳥や魚と同じく、自ら身を滅ぼしているにすぎないと強く戒める。
この章が教えるのは、外的な運命ではなく、自らの内なる欲が災いを呼ぶ最大の原因であるという人生の根本原則である。
「慎み」と「誠実」こそが、真の安全と繁栄を保証するものであり、幸も不幸も、自らの選び取った道によって決まるのである。
出典(ふりがな付き引用)
「鳥(とり)、林(はやし)に棲(す)むといえども、其(そ)の高(たか)からざるを患(うれ)い、木末(こまつ)に巣(す)を復(ふく)す」
「魚(うお)、水に蔵(かく)るといえども、其(そ)の深(ふか)からざるを患(うれ)い、窟下(くつか)に穴(あな)を復(ふく)す」
「然(しか)れども、人(ひと)に獲(とら)えらるる者(もの)、皆(みな)餌(えさ)を貪(むさぼ)るが故(ゆえ)なり」
「禍福(かふく)に門(もん)無し、惟(た)だ人(ひと)の招(まね)くに在(あ)り」
注釈
- 木末(こまつ):木の先端、高いところ。安全を求めて上に巣を作ることの象徴。
- 窟下(くつか):水底の穴。魚が隠れる安全な場所の象徴。
- 餌(えさ)を貪る:欲望にかられて安全な場所を出てしまうこと。
- 禍福無門(かふくもんなし):災いも幸いも、外から突然やって来るのではなく、自分の行動に由来するという思想。
- 履忠正・蹈公道(りちゅうせい・とうこうどう):忠義と正義をもって生き、正しい道を踏み行くこと。
パーマリンク(スラッグ)案
fortune-is-self-made
(幸も不幸も自らの手で)desire-leads-to-downfall
(欲は破滅への誘い)walk-the-righteous-path
(正道を歩めば災いなし)
この章は、「禍福の原因はすべて己の行いにある」とする自己責任の原則を示すものであり、
自戒と慎独の心をもって日々の選択に向き合うことの重要性を教えてくれます。
コメント