国家の富は銭にあらず、人にあり
貞観十年、治書侍御史・権万紀が太宗に対し、銀鉱を採掘すれば数百万貫もの利益が国に入ると進言した。
しかし太宗は、この提案を一蹴し、権万紀の官職をその日のうちに剝奪した。
太宗はこう語る:
「私は天子として、ただ嘉言善行を求め、民に益をもたらす者を用いるのみ。国家が数百万の銭を得たとしても、
それはたった一人の才徳ある人間には及ばぬ。堯や舜は宝を捨てて名を残し、後漢の桓帝・霊帝は利を貪って暗君と記された。
そなたは私を桓帝・霊帝と同じにするつもりか」
この章が教えるのは、**為政者が目指すべき価値は「金銭的利益」ではなく「人徳と名声」**であるということ。
財貨を追い求めることがいかに国家を卑しくし、民の心を失わせるか。
逆に、志を貫き、節義を重んじる政治こそが、時を超えて称えられる「理想の治世」となるのである。
出典(ふりがな付き引用)
「惟(ただ)嘉言(かげん)を須(もち)い、善事(ぜんじ)を推(すい)し、百姓(ひゃくせい)に益(えき)ある者(もの)を用(もち)うるのみ」
「国家(こっか)、数百万貫(すうひゃくまんかん)の銭(ぜに)を賸得(じょうとく)すといえども、一人(いちにん)の有才行(ゆうさいこう)の人(ひと)を得(う)るに如(し)かず」
「堯・舜(ぎょう・しゅん)は璧(へき)を山林(さんりん)に抵(な)げ、珠(しゅ)を谷(こく)に投(な)ぐ。由是(これより)崇名美号(すうめいびごう)見称(みっしょう)して千載(せんざい)に及(およ)ぶ」
「桓・霊(かん・れい)二帝(にてい)は利(り)を好(この)み、義(ぎ)を賤(いや)しみて、庸暗(ようあん)の主(しゅ)と為(な)りぬ」
注釈
- 嘉言善事(かげんぜんじ):すぐれた言論と善い行い。国家が求めるべき本質的価値。
- 有才行人(ゆうさいこうのひと):才能と品行を兼ね備えた人材。
- 璧(へき)・珠(しゅ):貴重な宝石。象徴的に「利益」を指す。
- 庸暗(ようあん):平凡で愚かな君主を意味する蔑称。
- 敕放(ちょくほう):天子の命令による解任。
パーマリンク(スラッグ)案
virtue-over-wealth
(富より徳を重んぜよ)reject-profit-seekers
(利に走る者は退けよ)rule-with-honor
(名を以て治めよ)
この章は、国家経営や組織運営において、目先の利益ではなく、長期的な信頼と人材を重んじる姿勢がいかに大切かを示しています。
太宗の統治理念がもっとも端的に現れた一節とも言える内容です。
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