一、現代語訳
貞観7年(633年)、太宗が**蒲州(現在の山西省南部)に巡幸(視察)**した時のこと。
その地の刺史(長官)趙元楷は、地元の高齢者たちに黄色い薄絹の単衣を着せて沿道に並ばせ、自らも同じ服で太宗を迎えた。また、役所の建物を豪華に飾り立て、塀や楼閣を修繕して見た目を整えた。さらに、密かに100頭を超える羊、数千匹の魚を用意し、太宗の随行する高官や皇族たちに贈ろうとした。
このことを知った太宗は、趙元楷を呼びつけて叱責した。
「私は黄河・洛水流域の州々を巡ってきたが、どこでも必要な物資は公費(官物)で調達し、私費や民間からの供出は求めていない。
そなたが行っているような羊を飼ったり魚を準備したり、役所を飾り立てる行為は、かつて滅んだ隋の時代の悪習である。
今の唐の時代に、それを繰り返してはならない。私の気持ちを察し、旧態を改めるように」。
趙元楷は、隋代においても邪佞(おべっか使い)な役人として知られていた人物だったため、太宗はあえてこれを引き合いに出して、強く戒めたのである。
その後、趙元楷は深く恥じ入って恐れ、数日間何も食べられないまま亡くなった。
二、用語と注解
用語 | 解説 |
---|---|
蒲州(ほしゅう) | 現在の山西省南部、黄河の要衝地帯。唐代の行政区画のひとつ。 |
刺史(しし) | 地方の行政長官にあたる官職。州の最高責任者。 |
黄色い薄絹の単衣 | 高貴な色・装いとされ、演出・歓待として使用。民間の負担が大きい。 |
廨宇(かいう) | 役所の建物・庁舎。 |
楼雉(ろうち) | 高楼や城壁など、装飾や防備の構造物。 |
貴戚(きせき) | 皇族やそれに準ずる高貴な身分の人々。 |
官物 | 政府の備蓄品、公費によって支給される物資。 |
三、章の要点とテーマ
項目 | 内容 |
---|---|
主題 | 前代(隋)の悪習を繰り返すことへの強い戒め。 |
太宗の姿勢 | 見栄や形式にとらわれず、清廉で実質的な政治を尊ぶ姿勢を強調。 |
趙元楷の誤り | 派手な装飾と私的な贈答で権力に媚びへつらう旧習を再現。 |
結末 | 譴責にショックを受けた趙元楷は、恥じ入って絶食の末に死亡。 |
四、現代的な教訓
- パフォーマンス重視の官僚文化への批判
→ 表面的な装飾や歓迎よりも、民の負担軽減と誠実な行政が第一。 - リーダーの意向と実務の乖離
→ 組織では、上の意図を正確に理解せず忖度ばかりすれば害を及ぼす。忠実さとは媚びではない。 - 前例踏襲の危うさ
→ 「前代ではこうしていた」は通用しない。時代や方針の変化に敏感であるべき。
五、太宗の政治理念との関係
本章は、太宗が一貫して掲げていた「清廉・質素・民本政治」の実践例といえる内容です。
「民を思いやり、上に立つ者が先に正す」という太宗の理想に対し、
趙元楷のような「見せかけの礼遇・過剰な接待」は全否定されます。
これは『倹約篇』『誠信篇』『公平篇』などとも思想的に通底しており、太宗の政治的美学と哲学を色濃く反映しています。
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