◆ 現代語訳
**温彦博(おん げんはく)**は、**尚書右僕射(しょうしょ うぼくや)**という高い官職にあった。
しかしその家は貧しく、客を迎えるための正式な広間(正寢)すらなかった。
やがて温彦博が亡くなった時には、遺体を安置する場所がなく、日常の生活部屋の一角に殯(もがり=仮安置)されるしかなかった。
それを聞いた太宗は深く嘆き悲しみ、すぐに役所に命じて、葬儀用の霊堂(廟堂)を造らせ、さらに十分な弔慰金と葬儀の品々を手厚く贈るように命じた。
◆ 注釈と背景
- 温彦博(おん・げんはく):唐の創業期を支えた文臣の一人。太宗の信任が厚く、朝廷の中枢で活躍した。
- 尚書右僕射:尚書省の次官(副長官)で、国家行政全般に関与する要職。今日で言えば、内閣官房長官や副総理に近い地位。
- 正寢(せいしん):客人を迎えるための正式な客間、あるいは本堂。
- 殯(もがり):葬儀までの間に遺体を一時的に安置しておくこと。
- 嗟嘆(さたん):深く嘆き悲しむこと。
- 賻贈(ふぞう):死者の遺族に贈られる弔慰金や葬儀用品。
目次
本章から導かれる「心得」
◉ 1. 清貧を誇りとし、誠実に生きた官僚の姿
温彦博は、国家の要職にあったにもかかわらず、公金を私することもなく、極めて質素な暮らしを貫いた。そのため、死後でさえ正殿での殯が叶わないというほどであった。
→ 「誠実な政治家とは、生涯を通じて公私をわきまえ、清くあらねばならない」。
◉ 2. 倹約は官人の本分、顕彰は国家の責務
その清廉さを惜しんだ太宗は、国家の名において温彦博の死を丁重に扱い、霊堂と葬儀を手厚く施した。これは単なる施しではなく、「倹約こそ徳なり」という思想を体現した国家の表明でもある。
→ 「倹約を貫いた者にこそ、国家は最大限の敬意をもって報いるべきである」。
◉ 3. 生活の質素さは、人としての豊かさの証明
温彦博の例からは、「地位の高さと生活の質素さは矛盾しない」という姿勢が見て取れる。真の倹約とは、権力や富に左右されない内なる品格の表れである。
→ 「倹約とは、持たぬことではなく、持ってなお慎むことに価値がある」。
結び:清廉と倹約をもって人徳とすべし
温彦博の死後に国家が彼の清貧さを称え、厚遇の礼をもって葬送したことは、**「倹約は国家を守り、人を尊ぶ基礎である」**という唐代の政治哲学を如実に示す一章です。
「清く正しく生きた者には、死後に真の評価が訪れる」という理念は、現代にも通じる倫理観であり、公職者の模範たる姿といえるでしょう。
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