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第六章「岑文本の謙虚ぶり」解説

◆ 現代語訳

岑文本(しんぶんほん)は、唐の中枢機関である中書省の長官(中書令)となったが、その住まいは湿気の多い低地にあり、住環境は貧しく、飾りといえばカーテンさえもなかった

そんな彼に、ある者が**「商売や副業でも始めて金儲けをすればどうか」**と勧めた。

しかし岑文本はこう嘆いた。

「私はもともと漢水の南の地方に暮らすただの庶民だった。戦場で命をかけたわけでもなく、ただ文章が書けるという理由だけで、ついには中書令という重職に就くまでになった。これはまさに身に余る栄誉である。俸禄(官職からの給料)を受けているだけで、すでに恐れ多いと思っているのに、これ以上、金儲けなどという欲深い話を口にできようか」。

それを聞いた者は、返す言葉もなく、ただため息をついて去って行った


◆ 注釈と背景

  • 岑文本(?-645):唐初の名臣。魏徴の後を継いで中書令となった学識ある文臣。温厚で謙虚な人柄として知られる。
  • 中書令:皇帝の詔勅(詔書や命令書)を起草・決裁する重要な役職。国政に深く関与する「三省六部制」の中核。
  • 「漢南」:漢水以南、現在の湖北・湖南地方など。地方出身で、貴族でもなければ将軍でもなかったことを意味する。
  • 「汗馬の労」:戦場で流す汗。戦功によって出世した者を指す表現。

目次

本章から導かれる「心得」

◉ 1. 「身分相応の慎み」こそ、最大の美徳

岑文本は、高官になったからといって、生活を贅沢にしようとはしなかった。むしろ、「自分の出自や境遇を忘れず、節制し続けること」を徳の本義ととらえている。

→ 地位が上がっても「初心を忘れず」「生活を変えない」態度は、組織の秩序と信頼の根幹を支える。


◉ 2. 権力に伴う収入は「恩恵」であり、欲望の種ではない

彼の言う「高い俸禄を受けているだけでも恐れ多い」とは、報酬とは感謝すべきものであり、さらなる利益を追求する理由にはならないという、極めて清廉な態度である。

→ 地位ある者が権力を自己の利益追求に使えば、社会全体の風紀が壊れる


◉ 3. 慎ましさは、外見ではなく心の姿勢にある

彼の住まいにはカーテンすらなかったが、それを恥じることなく、「志の高さは家財や見た目の豪華さで測れるものではない」と示した。

→ 倹約は形ではなく、精神である。社会的地位が高くなるほど、行動が民に与える影響は大きい。


結び:倹約と謙虚は、公人としての自制の礎

本章は、私利私欲を退け、公的責務に真摯であることの大切さを岑文本という人物を通じて説いています。

彼の姿は、唐の官僚制度の健全性を象徴し、制度を維持する者がまず慎ましさを実践せねばならないという政治哲学の一端をなしています。

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