MENU

諫臣はただの官僚ではない――皇帝の鏡となる者である

貞観八年、太宗は地方統治の実情を把握するため、全国各地に「黜陟使(ちゅつちょくし)」を派遣しようとした。
この任務は、地方官の善政・失政を評価し、必要があれば罷免・登用を行う極めて重要な役目である。
なかでも首都・長安周辺の畿内道の監察官を誰にするかが問題となった。

太宗が側近たちに「誰がふさわしいか」と尋ねると、尚書右僕射・李靖は即座に「魏徴をおいて他にはいません」と答えた。
しかし、これを聞いた太宗は、表情を険しくして言った。

「私は今、九成宮への行幸を予定している。これもまた重大な政治行動だ。
魏徴のような者をそばに置かずに、どうして正しい判断が下せようか。
彼は、私の是非・得失を見抜き、臆せず指摘してくれる唯一の存在である。
そなたたちが私の誤りを正すことができるのか? 軽々しく魏徴を外に出すなど、道理にかなっていない!」

その言葉の通り、太宗は魏徴の派遣を断り、李靖自身を畿内道の黜陟使に任命した。


引用(ふりがな付き)

「我(われ)毎(つね)に行(こう)して其(そ)の相(あい)離(はな)れんことを欲(ほっ)せざる者は、
為(ため)に其(そ)の是非得失(しひとくしつ)を見(み)るが故(ゆえ)なり」
「公等(こうとう)能(よ)く我(われ)の不(ふ)を正(ただ)すか」


注釈

  • 黜陟使(ちゅつちょくし):官吏の成績を評価し、罷免(黜)や昇進(陟)を決定するために派遣される特使。唐代の重要制度。
  • 畿内道(きないどう):首都・長安を含む最重要の行政区。監察対象としても最も政治的に敏感な地域。
  • 魏徴(ぎ・ちょう):太宗に諫言を惜しまなかった名臣。道義・制度・政治思想など幅広い分野に意見を具申した。
  • 李靖(り・せい):唐の名将。政治手腕も高く、軍政両面で太宗に信頼されていたが、諫言には慎重さを欠いた面も見られる。

パーマリンク(英語スラッグ)

every-ruler-needs-a-mirror

「統治者には常に鏡が必要」という本章の核心を表したスラッグです。
代案として、advisor-not-to-be-absent(欠かせぬ忠臣)、presence-of-conscience(良心の側にある者)などもご提案可能です。


この章は、皇帝の「側近=耳目」としての諫臣の役割の重要性を明確に伝えています。
魏徴はただの補佐役ではなく、太宗の自己修正力そのものを支える鏡であったという認識が語られています。
このように、忠義とは単なる服従ではなく、君主の過ちを正すという「義による補佐」であることが強調されています。

以下は『貞観政要』巻一、貞観八年における「魏徴の抜擢と太宗の信頼」に関する章の整理と注釈です。


目次

貞観政要 巻一「魏徴を巡る黜陟使人事と太宗の信頼」

1. 原文(復元)

貞觀八年、太宗、諸道に黜陟使(ちゅつちょくし)を派遣せんとし、畿内には未だ適任者なし。
太宗、親しく人選し、房玄齡らに問うて曰く、「この事は極めて重大である。誰が適任であろうか」。
右僕射・李靖曰く、「畿内の大事、魏徴をおいて他になし」。
太宗、色を作して曰く、「朕は今まさに九宮に赴こうとしているが、これも小事にあらず。どうして魏徴を出使に充てようとするのか。
朕は常に彼と行動を共にしたいと思っている。彼は是非得失をよく見抜く者だからである。汝らに彼の代わりが務まるのか。何ゆえ勝手にこのような意見を述べるのか。非常に道理に悖ることである」。
よって、李靖を黜陟使に任命した。


2. 書き下し文

貞観八年、太宗、諸道に黜陟使を発せんとし、畿内には未だ其の人なし。
太宗、親しく定め、玄齡等に問いて曰く、「此の事最も重し、誰か以て使に充つべき」。
右僕射・李靖曰く、「畿内の大事、魏徴に如(し)くは莫(な)し」。
太宗、色を作して曰く、「朕今まさに九宮に向はんと欲す、亦小事に非ず。安くんぞ魏徴をして出使せしめん。
彼と常に共に行かんことを欲する者なり。其の是非得失を見るに敏なるを以てなり。公等能く彼に代はるべけんや。何ぞみだりに斯の言ある。大いに理に非ず」。
乃ち李靖をして使に充てしむ。


3. 現代語訳(逐語)

  • 貞観八年、太宗は諸地方に監察官である黜陟使を派遣しようとした。
  • 畿内(都の周辺地域)には、まだその任にふさわしい人物が決まっていなかった。
  • 太宗は自ら人選しようとし、房玄齡たちに尋ねた。「この任務は非常に重要だ。誰が適任だろうか?」
  • 右僕射・李靖が答えた。「畿内の大任には、魏徴をおいて他にいません」
  • これを聞いた太宗は表情を険しくし、「私は今、九宮(皇族の居所)に向かおうとしている。これも重大なことだ。
  • なぜ魏徴を使いに出すことを言うのか。私は常に彼と一緒にいたいのだ。彼は物事の是非・損得を正しく見抜けるからである。
  • 君たちは彼の代わりが務まると思っているのか?なぜ勝手にそのような意見を述べるのか。非常に道理に合わない」と叱責した。
  • 結局、李靖が黜陟使として任命された。

4. 解釈と現代的意義

この章句は、太宗の魏徴に対する絶大な信頼と、人材活用の考え方を示す好例です。

魏徴を「是非得失を見抜く存在」として、単なる官僚ではなく「自身の側に常に置きたい参謀」として認識しており、いかに太宗が彼の諫言を重要視していたかが分かります。また、太宗の言動には「他者の意見に対して即座に反応する感情」も垣間見え、トップとしての決断の重みとプレッシャーも感じられます。


5. ビジネスにおける解釈と適用

項目解釈
人材の適材適所能力ある者でも、最も必要な場に配するべき。外に出すより、社内の核心に置くべき人物がいる。
リーダーシップと信頼関係リーダーにとって「何を言うか」より「誰がそばにいるか」が方針決定のカギを握る。
感情を伴った意思決定太宗のように、理屈を超えた信頼に基づいた感情判断も時には重要である。

6. ビジネス用の心得タイトル

「戦略を支える参謀は、外すな ― 信頼こそ最上の配置戦略」


よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次