太子右庶子・張玄素は、皇太子・李承乾の狩猟と放縦な生活を深く憂い、幾度も書を上げて諫めた。
その言葉は、歴史の教訓に基づき、忠義と真心に貫かれていた。
張玄素は、「天は徳ある者を助け、奢侈と欲に溺れる者は神にも人にも見放される」と警告し、狩猟の本義や学問の必要、師を尊ぶことの大切さを説いた。
また、「悪は小さな芽から育ち、善もまた日々の積み重ねから生まれる」として、日常の行いにこそ気を配るべきだと繰り返し訴えた。
しかし、皇太子は忠言に耳を貸さず、怒りのあまり刺客を差し向けて張玄素を襲わせた。
それでも張玄素は怯むことなく、宮中での浪費、礼儀の欠如、善臣の排除と佞臣の重用などを一つひとつ指摘し、皇太子の徳の欠落と国の危機を訴え続けた。
彼の言葉は、「苦い薬は病に効く、苦い忠言は心を正す」という信念に貫かれている。
そして最後に願ったのは、「安きときにこそ、危うさを忘れてはならない」という一言に集約される。
この忠臣の諫言は、時を越えて為政者に問い続ける。「権力を持つ者こそ、誰の言葉に耳を傾けるべきか」と。
引用(ふりがな付き)
「苦(にが)き薬(くすり)は病(やまい)に利(よ)く、苦(にが)き口(くち)は行(おこな)いに利(よ)し」
「居(お)るに安(やす)くとも危(あや)うきを思(おも)い、日(ひ)を逐(お)いて一日(いちじつ)を慎(つつし)め」
注釈
- 張玄素(ちょう・げんそ):忠直な太子右庶子。再三にわたる諫言によって命を狙われるが、最後まで節義を貫いた。
- 三驅(さんく):古代中国の節度ある狩猟の儀礼。徳治の象徴。
- 傅説(ふえつ):殷の賢臣。学問は古の教訓に学ぶべしと説いた人物。
- 孔穎達・趙弘智:ともに当代随一の学者。儒学・政治に通じた重臣。
- 刺客(しかく):暗殺者。太子が玄素を殺そうとした最後の策。
以下に、『貞観政要』巻一「貞観十三年〜十四年 太子承乾の放逸に対する張玄素の諫言とその顛末」について、定型の構成で丁寧に整理いたします。
『貞観政要』巻一「張玄素、太子承乾の奢侈と廃学を諫む」より
1. 原文の要約
貞観十三年、太子承乾は狩猟に熱中し、学問をおろそかにしていた。太子右庶子**張玄素(ちょう・げんそ)**は、上書してこれを諫め、「学問を修めず、礼度を欠き、狩りに溺れることは、太子としての本分に悖る」と訴えた。
玄素は再三諫言したが承乾は怒り、「庶子は気が狂ったのか」と非難した。貞観十四年、太宗は玄素の忠言を知り、銀青光禄大夫・太子左庶子に任じて評価した。
しかし承乾はますます横暴となり、宮中で鼓を打ち鳴らし、玄素が苦言を呈すると鼓を破壊した。その後、玄素を殺そうと刺客を送り、ほとんど死に至るほどの重傷を負わせた。
さらに承乾は観亭(庭園・別荘)の建築に耽り、費用は膨大に膨らんだ。玄素は再び上書し、「恩旨が出てから六十日も経たぬうちに、七万の物資を使うとは驕奢の極み」と非難。忠臣や学者を遠ざけ、伎女や工芸家ばかりが集う現状を憂いた。
「忠言は疎まれ、善人は疑われる。正諫すれば排除される」と述べたが、承乾は怒りを深め、ついには刺客を放って玄素を殺そうとする。やがてこの一連の放縦は太宗にも伝わり、太子承乾は廃されるに至った。
2. 書き下し文(抄)
臣、聞く『皇天は親しむ無し、惟(ただ)徳をこれ輔く』と。もし天意に違えば、人も神もこれを捨てん。
古の三驅の礼は、殺を欲せず、百姓の害獣を除くにあり。
(→天は無私であり、徳ある者を支援する。狩猟も本来は民のため)
太子、畋(かり)に耽りて学を廃す。今の苑囿(えんゆう=遊猟地)の狩り、名は異なれど実は放逸。
君子たる者、学を修むるは古を師とするにあり。孔穎達・趙弘智の如き、学徳兼備の賢人を近侍させて学ぶべし。
(→師に学び、経を読んで自らを省みよ)
騎射・酣歌・妓楽は心神を濁らせ、本性を損なう。『心は万事の主、節なければ乱る』とは古人の教えなり。
今、太子は奢侈に走り、費用は日に膨れ上がる。恩詔より六十日にして七万もの物資を用いるとは、何をもって節を語ろう。
宮中には賢人の姿はなく、工匠・伎女・絵師ばかりが集う。礼も忠も見られず、驕奢淫乱の風が蔓延する。
古人曰く『苦薬は病を癒し、苦言は行を利す』。安きに居りて危うきを思え。
3. 現代語訳(まとめ)
張玄素は、太子承乾の学問離れと贅沢・放縦な行動を繰り返し諫めた。古人の教えを引いて、**「狩猟に耽りすぎれば心が乱れ、学ばねば礼も知らず、国家を担う器にはなれない」**と説いた。太子の傍にいるべきは孔穎達や趙弘智のような賢人であり、伎女や画工ではない。
しかし太子は怒り、玄素に殺意を抱き、刺客を放って傷つけるに至る。最終的に太宗はこれを問題視し、承乾を太子位から廃した。
4. 用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
畋(でん) | 狩猟。太子の遊興の象徴。 |
三驅 | 古代の礼に基づく節度ある狩り。民を守るための名目がある。 |
苑囿(えんゆう) | 皇族・貴族の庭園や狩場。 |
孝経義疏 | 『孝経』の注釈。儒教の基本倫理を教える経書。 |
銀青光禄大夫 | 唐代の名誉ある官位。皇帝による高い評価を示す。 |
匕鬯(ひちょう) | 王族が祭祀に使う神聖な供物。徳と儀式の象徴。 |
工匠・雕鏤(ちょうる) | 職人や工芸家。ここでは徳のない者として否定的に描かれる。 |
5. 解釈と現代的意義
この章句は、リーダー育成において重要な三点を指摘しています:
- リーダーの徳と節制が最も重要であること
奢侈・遊興に流れると、自制心を失い組織を滅ぼす。 - 教育と諫言が真の成長を促す
進言を拒み、賢人を遠ざける者は失敗する。 - 真の補佐役とは、命を懸けてでも主君を正す者である
張玄素の忠言は権力への忖度を超えた「公共のための諫言」である。
6. ビジネスにおける解釈と適用
- 「リーダーの堕落は放縦から始まる」
高位者こそ日々の節度と自省が問われる。遊興の管理は経営管理そのもの。 - 「忠言は、排除ではなく称賛すべき」
耳の痛い助言を拒めば、組織は必ず崩壊へ向かう。 - 「人物を見る目がなければ、組織は賢を失い奸を近づける」
徳を重んじる人材評価と、率直な文化を維持する必要がある。
7. ビジネス用心得タイトル
「耳を塞げば、忠は遠ざかる──奢りが徳を壊す」
この章は、トップ人材の育成・継承・監督において、制度と人格、教育と進言のバランスがいかに重要かを教えてくれる実例です。
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