――繁栄も滅亡も、自ら積んだ行いによって決まる
太宗は、皇子たちの将来を深く案じ、歴史上の王侯貴族たちの「善行と悪行の実例」を集めて書物とし、『諸王善悪録』を編纂させた。
この書には、成功者の道と、滅亡へ至った者の愚が明確に分けられて記されており、太宗はこれを皇子たちの座右の書とするよう命じた。
太宗の考えは明快である。
「地位を得た者が傲慢になれば、いかなる才能や功績も自滅の道をたどる」。
反対に、「誠実さと慎み、善行を重ねる者は、たとえ苦境にあっても栄える」と。
この書に記されたのは、立身のための「教訓」である。
栄耀栄華に驕り、忠言を拒み、己の力を過信すれば、梁孝王や董卓のように、翼を折られ哀れに果てる。
逆に、歴史に名を残した賢君は、苦労を知り、節度を守り、民を思い、善を積み重ねてきた者たちである。
引用とふりがな(代表)
「善(ぜん)を積まざれば名(な)は立たず、悪(あく)を積まずして身(み)は滅せず」
――名声も破滅も、一朝一夕には成らぬ
「禍福(かふく)に門(もん)無し、吉凶(きっきょう)は己(おのれ)より」
――運命は自分の行いが招くものである
「善に従えば誉(ほま)れがあり、悪を改めれば咎(とが)は無い」
――人の興亡は、ただ己の努力にかかっている
注釈(簡略)
- 魏徴(ぎちょう):唐の名臣。筆鋒鋭く、太宗の信任を受けて多くの諫言と編纂事業を担った。
- 梁孝王・淮南王・東阿王・董卓等:いずれも王族や有力者でありながら、傲慢や猜疑によって破滅した者たち。
- 「棠棣(とうてい)」・「維城(いじょう)」・「貽謀(いぼう)」:いずれも『詩経』に由来する語句で、兄弟の和睦・嫡子の重み・子孫への教訓を意味する。
パーマリンク案(英語スラッグ)
lessons-from-history
(歴史に学べ)record-of-virtue-and-vice
(善と悪の記録)fate-follows-character
(運命は人柄に従う)
この節は、太宗の治国理念が「歴史に学ぶこと」「徳に立つこと」「悪を防ぐこと」に貫かれていることを象徴しています。
過去の王侯たちの例は、単なる逸話ではなく、「今ここに生きる者」への教訓として再構成されています。
ありがとうございます。以下に、『貞観政要』巻一「貞観七年 太宗が魏徴に命じて『諸王善悪録』を編ませた章」について、いつも通りの形式で整理いたします。
『貞観政要』巻一「貞観七年 魏徴に命じて諸王善悪録を作らせる」より
原文(要点抜粋・整形)
貞観七年、太宗、侍中魏徴に謂(い)いて曰く、
「自古より侯王、自らを保つ者甚だ少なし。皆、富貴に生長して驕逸を好み、君子に親しまず、小人に近づくゆえなり。もし子弟あらば、言行を見せしめ、規範とせしむことを冀(こいねが)う」。
因りて徴に命じて、古来帝王の子弟が敗れた事例を録し、『自古諸侯王善悪録』と名づけ、諸王に賜わる。その序に曰く──(以下要旨を現代語化しつつ整理)
書き下し文(抜粋)
「自古より侯王、自らを保ち得た者は甚だ少なし。多くは富貴に生長し、驕逸を好み、君子を遠ざけ、小人に親しむがゆえなり。もし子弟あらば、言行を見せ、以て規範と為さしめんと欲す。
(中略)
その始封の君は、時に草昧に遭い、王業の艱難を見、父兄の憂勤を知る。ゆえに驕らず、夙夜怠らず、忠言を甘んじ、民の歓心を得る。ゆえに、後世に至徳を垂れ、身後に恩愛を残す。
しかるに子孫の繼体する者、多くは隆盛に属し、深宮に生まれ、民の艱難を知らず。小人に親しみ、君子を遠ざけ、諫言を拒み、礼を破り、分を越え、奢欲に耽る。ついに忠貞の道を捨て、奸邪の路を踏み、吉凶は自ら招く。
(中略)
今、古の諸王の行跡を録し、善悪を分けて一篇となす。『諸王善悪録』と名づく。善を見ては之に倣い、悪を聞いては之を改むれば、誉れを得て咎めを免れん。興廃は是に繋る。勉めざるべけんや」
太宗、これを見て称善し、諸王に謂(い)いて曰く、
「これ、まさに座右に置くべく、立身の本とすべし」
現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 太宗は魏徴に言った。「昔から諸侯や王族で自分の身をうまく保てた者は少ない。その多くは、富貴に育ち、傲慢やぜいたくを好み、君子(徳ある者)から遠ざかり、小人(ごますり・諂い者)に近づいたからだ」
- 「子や弟がいれば、過去の賢人たちの言行を見せ、手本とさせたいと願う」
- それで太宗は魏徴に命じ、歴代の諸王・皇族の成功・失敗を集めた『諸王善悪録』を編纂させ、皇族たちに配布した。
- (その序文で)「王朝を興し、天下を治める者には、始めに忠義を尽くす者もいれば、のちに傲慢や無道によって国を滅ぼす者もいる」
- 「最初の封建王たちは創業の苦労を知っていたので、慎ましく、賢者を求め、忠言を喜んで受け入れた」
- 「しかし、その後を継ぐ者は裕福な環境に育ち、苦労を知らず、小人に近づき、君子を遠ざけ、誤った道に進みがちである」
- 「それゆえ、善行を見てはこれを学び、悪行を聞いてはこれを改めれば、誉れを得て咎を逃れることができる」
- 「興隆も滅亡も、善行・悪行の積み重ね次第である。勉めるべきではないか」
- 太宗はこの書を読んで称賛し、「これは常にそばに置き、人生の拠り所とすべきだ」と皇族に言った。
用語解説
- 驕逸(きょういつ):おごりたかぶり、ぜいたくに溺れること。
- 始封の君:初めて爵位・領地を与えられた王族(創業期の者)。
- 草昧(そうまい):天下の混乱期。創業の初期段階。
- 深宮:後宮。外の世界を知らない王族の育成環境。
- 小人・君子:道徳的に未熟・成熟した人の象徴。
- 愎諫(ふくかん):諫言を拒むこと。
- 興廃(こうはい):国家や家の興隆と衰亡。
- 善悪録:歴史的な成功と失敗を善悪に分けて記録した教訓書。
全体の現代語訳(まとめ)
太宗は、王族が身を誤る原因を「生まれ育ちの甘さ」と「誠実な忠言を聞かないこと」に見出し、魏徴に命じて歴代の王族の善悪を記した記録を編ませた。その記録には、「創業期の苦労を知る者は誠実であり、後継者は往々にして怠慢である」という教訓が記されており、太宗はこれを「立身の本」として常にそばに置くよう諸王に命じた。
解釈と現代的意義
この章句は、「成功者の多くは創業期の苦労を知る者であり、二代目・三代目はその苦労を知らないがゆえに失敗する」という、組織継承における“あるある”を鋭く描いています。
- 創業者は危機感と責任感がある。後継者は“安楽な環境”によって判断力や人間力が鈍る。
- 経験のない者が権力を持つ危険性、そして「忠言の受容」が重要であることを説いています。
- 歴史を教訓とし、自らを戒めることの大切さを『善悪録』という形で後進に伝える「教育の可視化」も注目すべき点です。
ビジネスにおける解釈と適用
- 「後継者教育における危機意識の植え付け」
苦労を知らずに地位を継ぐ後継者には、意図的に“現場”や“過去の失敗”を学ばせることが必要。 - 「成功より失敗に学ぶ姿勢」
過去の“善悪録”を残し、組織で共有することで、同じ過ちを繰り返さない風土を作る。 - 「忠言文化の醸成」
地位が高くなるほど“NOと言ってくれる人”がいなくなる。組織として、耳の痛い意見が言える仕組みを整えるべき。 - 「実績と人格は別物。恃(たの)むなかれ」
一度の成功・一度の功績に酔うことなく、不断の学びと反省を求めるリーダー像が必要。
ビジネス用心得タイトル
「善悪録を手元に──“創業の心”を忘れず、忠言を鏡とせよ」
ご希望があれば、この内容に基づいた「後継者育成研修」「リーダー倫理研修」の提案も可能です。
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