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聖王に師あり、凡人に師なくして何をなせようか

――補導役なき政治は、王道たり得ぬ

太宗は、自らの至らなさを認めたうえで、聖王たちに必ず師がいたことを挙げ、三師(太師・太傅・太保)の制度を律令に明記すべきだと詔した。
黄帝、堯、舜、禹、湯、文王、武王――
名君の誉れを受けた彼らでさえ、賢き師に学んではじめて功績を天下に示すことができた。

太宗はこう問う。
「聖人ですら師を持っていたのに、後代に生まれた私が、どうして師を持たずして万民を治められようか」と。

道を学ばずして、道を明らかにすることはできない。
法に則り、制度として三師を置く――それは自己研鑽にとどまらず、後世の太子たちにも王道を学ばせるための礎でもある。


引用とふりがな(代表)

「詩(し)に云(い)わく、『愆(あやま)らず、忘(わす)れず、旧章(きゅうしょう)に由(よ)る』」
――古の模範に従えば、誤りもなく徳を失わない

「聖王(せいおう)すら師(し)を欠(か)かざれば名(な)は伝(つた)わらず、功(こう)は世にあらわれず」
――師を得てこそ、政治は光を放つ


注釈(簡略)

  • 三師(さんし):太師(たいし)、太傅(たいふ)、太保(たいほ)の三役。主に天子・太子の教育・補佐を担う高位の官職。
  • 黄帝・堯・舜・禹など:中国古代の伝説的な帝王たち。いずれも師に学び、王道を成したとされる。
  • 『詩経』(しきょう):「不愆不忘、率由舊章」は、大雅「仮楽」篇からの引用。学びと継承の重要性を説く。
  • 王道(おうどう):仁義礼智信によって治める理想の政治。

以下は『貞観政要』巻一から、貞観六年に発せられた三師設置に関する詔について、標準構成に基づいて整理した内容です。


目次

『貞観政要』巻一:貞観六年 太宗による三師設置の詔

1. 原文

貞觀六年、詔曰、
「比者討經史、明王聖帝、曷嘗無師傅哉。令儲君不覩三師之位、意將未可。
何以然。黃帝學大顚、顓頊學錄圖、堯學尹壽、舜學務成昭、禹學西王國、湯學威子伯、文王學子期、武王學太公望。歷代聖王、未有無此師者,則功業不著乎天下、名譽不傳乎載籍。
況朕接百王之末、智不同古人,其無師傅、安可以臨兆民者哉。『詩』不云乎、『不愆不忘、率由舊章』。夫不學、則不明古道。而能政致太平者未之有也。
可卽著令、置三師之位。」


2. 書き下し文

貞観六年、詔して曰く、
「近ごろ経史をひもといてみれば、古来の明王・聖帝で師傅(しふ:教育係)を持たなかった者などいなかった。にもかかわらず、今、皇太子に三師の職が置かれていないのは、どうしてであろうか。これは誠に不適当である。

なぜならば、黄帝は大顚(たいてん)に学び、顓頊(せんぎょく)は録図(ろくと)に、堯は尹壽(いんじゅ)に、舜は務成昭(むせいしょう)に、禹は西王国に、湯は威子伯(いしはく)に、文王は子期(しき)に、武王は太公望(たいこうぼう)に学んだのである。

歴代の聖王で、このような師を持たなかった者はおらず、それゆえにこそ彼らの功業は天下に知られ、名声は後世の記録に残ったのである。

ましてや、朕はいま百王の末を継いでいるに過ぎず、その知恵も古人とは異なる。
もし太子に師傅がなければ、どうして天下万民を治められようか。

『詩経』に『過ちなく、忘れなく、旧き規範に従う』とある。
そもそも学ばなければ、古の道理を明らかにすることはできない。
そして、学ばずして太平の政治を成し遂げた者など、未だかつて存在しない。

すみやかに法令として明記し、三師の職を設置すべし。」


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

  • 今まで歴代の聖王・明君は例外なく師傅を持っていた。
  • 皇太子に三師がいないのは理に適っていない。
  • 古代の帝王もそれぞれ賢人に学んで成功を収めた。
  • 朕はその古人ほどの才はない。だからこそ学問・教育が要る。
  • 『詩経』も「過ちなく、忘れず、旧規範に従え」と言っている。
  • 学ばなければ古の道理を理解できないし、太平の政治など成せない。
  • よって法に定め、皇太子に三師を置くべきである。

4. 用語解説

  • 三師:太子三師(太師・太傅・太保)のこと。皇太子の教育を司る重職。
  • 大顚・録図・尹壽・務成昭など:古代中国の聖王に仕えたとされる賢人たち。
  • 『詩』:『詩経』のこと。儒教経典の一つ。
  • 舊章(旧章):古来の制度や模範のこと。
  • 太平の政治:秩序が保たれ、民が安んじる理想的な政治状態。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

貞観六年、太宗は詔を発し、歴代の聖王が皆、学問と指導を受ける師傅を置いていたことに言及し、皇太子にも三師を設けるべきだと宣言した。古代の帝王たちはそれぞれに賢人を師と仰ぎ、これによって国を治め、名声を残してきた。太宗は「自分は古人ほどの才はない」と謙遜しつつ、教育の必要性を強く訴え、『詩経』を引いて学問の重要性を強調。学びなくして太平の政を実現することはできないとして、正式に三師の制度を法令として定めるよう命じた。


6. 解釈と現代的意義

この詔勅は、リーダー育成における「教育体制の制度化」の必要性を明確に示しています。太宗は、皇太子という将来の君主に対し、個人の資質に依存せず、制度として師傅を置くことが国家の安定と発展に不可欠であると捉えています。

また「自らは古人に及ばぬ」と述べる謙虚な姿勢と、「学ばざる者が太平の政治を為すことなし」という明確な信念は、現代の組織経営においても教育・研修制度を整備する重要性を強く示唆しています。


7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)

  • 後継者育成は制度として行うべきである
     → 能力ある人材の偶然的出現に頼るのではなく、教育制度を整備することが中長期的成長に不可欠。
  • トップの自己認識と謙虚さが改革を促す
     → 「自分は古人ほどの才なし」という自覚が、制度改革への一歩となる。
  • 歴史・伝統から学ぶことの意義
     → 成功例・失敗例は過去に学ぶべき「旧章」であり、企業運営にもルーツを意識した設計が必要。

8. ビジネス用の心得タイトル

「学ばざる者、治を得ず――制度なき育成は偶然を待つに等し」



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