◆ 現代語訳(全文)
貞観二年(628年)、太宗は房玄齢と杜如晦に対してこう語った。
「そなたたちは尚書省の**僕射(実質上の省の長官)**として、私の政治上の苦労を分かち合い、広く見聞をもって賢人を探し登用する責任がある。ところが最近聞いたところでは、そなたたちは一日に数百件もの訴訟案件を自ら処理しているという。
それでは、文書に目を通す時間すらなく、ましてや人材登用に関わる余裕などないではないか」。
このため太宗は、尚書省に詔勅を下し、次のように定めた。
- 日常の細かい事務や訴訟の処理は副官である左右丞に任せること。
- 重大な案件で、皇帝への報告が必要なものだけ、僕射が関与するようにせよ。
🧭 構造と背景分析
項目 | 内容 |
---|---|
登場人物 | 太宗(皇帝)、房玄齢・杜如晦(尚書省の僕射) |
問題提起 | 大臣が「細事」に時間を割き過ぎて、「本務」である国家運営と人材登用ができない |
制度対応 | 副官(左右丞)に日常業務を委任し、大臣は重要案件に集中させる制度を構築 |
💡 主題的意義と太宗の統治哲学
この章では、太宗の職掌分離とリーダーシップの本質的役割の理解が明確に示されています。
🔑 主な思想的ポイント
- 「任務分担」の制度設計
- 組織の中で「戦略(大臣)」と「オペレーション(日常処理)」を分離し、役割を最適化。
- リーダーの時間は有限である
- 大臣が細部に没入していては、国家の大局観をもって賢才を求める本務が果たせない。
- 「事務処理能力」より「識人の力」を重視
- 単なる有能な書類処理者ではなく、リーダーには人を見抜き登用する眼力と時間の確保が求められる。
📝 現代的応用:組織運営とマネジメントの観点から
この章の内容は、現代のマネジメント論にも直結します。
唐代の教訓 | 現代の応用場面 |
---|---|
大臣には細務を任せない | 経営層や本部長クラスが日々のルーティン業務に忙殺されてはいけない |
左右丞に業務委任 | 部門マネージャーや専任オペレーションチームへの委任が必要 |
賢才登用の時間確保 | 人材発掘・評価・戦略思考に経営資源を振り向けるべき |
この章はまさに、「戦略的人事と業務分担の合理化」を語っており、今日のマネージャーや経営者にとっても極めて示唆に富む内容です。
✅ 結論と次章への接続
太宗はこの章で、「人材登用」という国家の未来を担う業務を最重要と捉え、それを妨げる「雑務の集中」を制度的に是正しました。**「大臣は政治家であれ、事務官ではない」**という哲学が明快に貫かれています。
次章ではこの「職責分担の質」や「地方と中央の人事配置」へと話題が展開する可能性が高く、そこにおける視座をこの章がしっかり支えています。
ありがとうございます。今回は『貞観政要』巻一「貞観二年」より、唐の太宗が房玄齢・杜如晦に対して語った職責の本質と権限の分配に関する指摘です。ここでは、「リーダーが本来すべき役割に集中するために、細事から解放されるべき」という、極めて現代的なマネジメント論が述べられています。
以下、ご指定の構成で丁寧に整理いたします。
題材章句:
『貞観政要』巻一「貞観二年」太宗の房玄齢・杜如晦への訓誡
1. 原文
貞觀二年、太宗謂玄齡・杜如晦曰、「公爲僕射、當助朕憂勞、廣開耳目、求訪賢哲。比聞公等聽受辭訟、日有數百。此則讀符牒不暇、安能助朕求賢哉」。
因敕吏部尚書省、細碎務皆付左右丞、惟滯大事合聞奏者、關於僕射。
2. 書き下し文
貞観二年、太宗、玄齢・杜如晦に謂(い)いて曰く、
「公は僕射(ぼくや)たる者として、まさに朕(ちん)を助けて憂労を分かち、耳目を広く開きて、賢哲を求め訪ぬべし。
近ごろ聞くに、公らは辞訟(じしょう)を聴受(ちょうじゅ)すること日に数百件に及ぶと。
これすなわち、符牒(ふちょう)を読むことすら暇(いとま)なく、いかにして朕を助けて賢を求めることができようか」。
因って敕(ちょく)して書省に命じ、細碎(さいさい)の務は皆左右丞(さゆうじょう)に付し、ただ滞る大事にして奏聞すべきもののみ、僕射に関係せしむ。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「貞観二年、太宗は房玄齢と杜如晦にこう言った:
『あなた方は中書令(僕射)として、私の憂いや労苦を助け、視野を広げ、賢者を探し出す役割を担っている。』」 - 「『ところが、最近聞くところでは、あなた方が日々数百件の訴訟を処理しているという。』」
- 「『これでは文書を読む暇もないのに、どうして私と共に賢才を探すなどという大任が果たせるのか』」
- 「それゆえ、太宗は命じた──事務処理のような細かい業務は左右丞に一任し、
停滞している重大事項で、天子に報告すべきものだけを中書令(僕射)が扱うようにせよ。」
4. 用語解説
- 僕射(ぼくや):中書省の長官で、宰相に相当する重要な官職。政策判断・進言の役割を担う。
- 符牒(ふちょう):命令文書や行政文書。非常に量が多く煩雑。
- 辞訟(じしょう):訴訟・申訴を指す。官庁に持ち込まれる民事・刑事の訴え。
- 左右丞(さゆうじょう):官庁の補佐的役職。実務処理や細事にあたる中下級幹部。
- 敕(ちょく):天子の正式な命令。ここでは制度改革の指示。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
唐の太宗は房玄齢と杜如晦に対してこう言った:
「あなた方は宰相として、私の補佐を務め、視野を広げて優れた人材を登用するという重要な任務がある。だが、日々の訴訟処理に追われていては、その本務は果たせないではないか。」
この反省を踏まえ、太宗は命じた──細かい事務作業は中級官吏に任せ、重大な政策案件だけを宰相の管轄とする制度に改めよ、と。
6. 解釈と現代的意義
この章句の核心は、「リーダーは枝葉末節に追われるべきではなく、本来の役割に集中せよ」というトップマネジメント論にあります。
- 太宗は、「人材登用」や「政策判断」といった大局に関わる職責に集中すべきと指摘し、それを阻害する細事を排除する体制改革を即断しました。
- 補佐官が事務に忙殺されていては、「国の未来を託す賢人」を探す時間も余裕もなくなるという、優先順位の明確化が重要だと説いています。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
A. 経営幹部は“細事”より“戦略”を
- 経営者や役員が現場の書類処理やトラブル対応に追われていては、本来の意思決定や人材育成が疎かになる。
B. 適切な業務分担と役割集中
- 中間管理職に業務を適切に分担し、上層部は組織の方向性、人事、改革に集中する体制を作ることが、成長企業には不可欠。
C. “人を探す時間”を奪ってはならない
- 優秀な人材登用はリーダー自身の責任であり、それを行う時間を確保するための“余白の確保”が経営者には必要。
8. ビジネス用の心得タイトル
「賢を求むる余白なくして、治は遠し──リーダーは戦略に集中せよ」
この章は、リーダーが“本来やるべきことに集中するために、何を手放すべきか”を教えてくれる極めて重要な示唆を含んでいます。
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