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第一章要約:「他人の妻を奪うこと」

背景と場面

貞観年間初期、太宗が王珪と談話している最中、宮中に仕える美人が側に控えていました。彼女は、太宗の一族である廬江王李瑗(りえん)の妻でしたが、李瑗が謀反を起こして敗北したため、その妻が没収され宮中に入っていたのです。

太宗は李瑗の行為(他人の妻を奪う暴虐)を非難しますが、王珪はすかさず次のように問い返します:

「陛下は、その行為が正しいとお考えか、それとも非道だとお考えですか?」

太宗がそれを非道と答えると、王珪は「それならば、どうしてその婦人を未だにそばに置いているのですか」と指摘。さらに『管子』から郭国滅亡の逸話を引用して、

「悪と知りながら改めないのは、まさに滅亡を招く姿勢です」

と、制度と倫理の整合性を鋭く突きます。


目次

太宗の反応と結末

この王珪の諫言に、太宗は「至善(至高の善)」と称え、すぐにその婦人を親族のもとに帰しました。

これは単なる道徳論ではなく、皇帝自身の振る舞いが天下の範となるという国家観を反映した重要な判断です。


思想的意義と現代的含意

君主の倫理観

太宗は「他人の妻を奪うのは不義である」とは口にしたものの、自らが同様の立場にあったことには無自覚でした。それを、王珪は「言行不一致」「知っていて改めない態度」として厳しく批判しています。

忠臣の役割

王珪の発言は、君主に対してすら怯むことなく、筋道を立てて誠実に諫言する「理の通った忠誠」の模範です。しかも、ただ否定するだけではなく、典拠(『管子』)を用いて諭し、「制度と道徳の一致」を求めています。

君主の応答力

太宗はそれを素直に受け入れ、自らの誤りを正します。これは、後に彼が「魏徴は明鏡のごとし」と称えるように、自省できるリーダーの理想像を体現するエピソードの一つです。


まとめ

この章は、以下のような複数の要素を含んだ重要なテキストです:

  • 倫理判断と行動の一致性の重要性
  • 臣下の進言の意味と価値
  • 君主の柔軟な姿勢と率直な自己修正能力

現代の組織や政治においても、「正論が通る風通しの良さ」「制度と運用の整合性」「ポジションに依らない倫理的な行動」が、健全な運営の要であるという普遍的な教訓を与えています。

ありがとうございます。以下に『貞観政要』より、貞観初年、太宗と王珪の宴席でのやりとりを、既定の構成に従って丁寧に整理いたします。


『貞観政要』より(貞観初 太宗と王珪の問答)


1. 原文:

貞觀初、太宗與黃門侍郞王珪宴語。時有美人侍側、本廬江王瑗之妻也。瑗敗、沒入宮。
太宗指示珪曰:「廬江不道,賊殺其夫而取其室,暴虐之甚,何有不恨者乎。」
珪離席曰:「陛下以廬江取之爲是邪、爲非邪?」
太宗曰:「安有殺人而取其妻,卿乃問其是非,何也?」
珪對曰:「臣聞於『管子』曰:『齊桓公之郭國,問其父老曰:「郭何故亡?」
父老曰:「以其善善而惡惡也。」桓公曰:「若子之言,乃賢君也,何至於亡?」
父老曰:「不然。郭君善善而不能用,惡惡而不能去,是以亡也。」』
今此婦人在左右,臣竊以爲陛下心是之,陛下若以爲非,則是知惡而不去也。」
太宗大悅,稱為至善,遽令以美人還其親族。


2. 書き下し文:

貞観の初め、太宗、黄門侍郎の王珪(おうけい)と宴を共にした。
その時、美人が側に侍っていたが、もとは廬江王瑗(ろこうおうえん)の妻であった。
瑗は罪を得て誅され、妻は宮中に召し入れられていた。

太宗はその美人を指して王珪に言った、
「廬江は道に背き、賊のように夫を殺してその妻を奪った。あまりに酷い行いだ。どうして恨まない者がいようか。」

王珪、席を離れて問うた、
「陛下は、廬江王がその妻を奪ったことを、正しいとお考えでしょうか、誤りとお考えでしょうか。」

太宗は言った、
「人を殺してその妻を取るなど、正しいはずがない。なのにそなたは、なぜ是非を問うのか?」

王珪、答えて言った、
「私は『管子』で次のような話を聞きました。
斉の桓公が郭という国を滅ぼした時、その国の老人に問いました、
『郭はなぜ滅んだのか?』
老人は答えました、
『善を善とし、悪を悪としたからです。』
桓公は言いました、
『それなら賢い君主ではないか。なぜ滅んだのか?』
老人は言いました、
『違います。郭の君主は、善を善と知りながら用いず、悪を悪と知りながら退けなかった。それゆえに滅んだのです。』

今、この婦人が陛下の側におられます。私は、陛下が内心ではこれを正しいと思っておられるのではと危惧しております。
もしこれを誤りとお考えであるならば、それを退けなければ、悪と知りながら放置することになります。」

太宗は非常に喜び、これを「至善(最上の忠言)」と称え、すぐにその美人を親族のもとに返した。


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳):

  • 「廬江王瑗が敗れて、その妻が宮中に召し上げられた。」
     → 敗れた王の妻が、皇帝の側女として取り込まれていた。
  • 「太宗は『夫を殺し、その妻を奪うとは残酷だ』と語った。」
     → 他人の暴虐を批判するような体で、美人を話題にした。
  • 「王珪は『それは正しいのですか、誤りなのですか?』と尋ねた。」
     → 皇帝自身の行いと、今語っている非難との矛盾を問い詰める。
  • 「太宗は『それが正しいはずがない』と答えた。」
     → 皇帝自身も、明らかに不当であると認識していた。
  • 「王珪は『管子』の故事を引きながら、『悪を知っていながら放置するのは破滅の原因』と説いた。」
     → 知識と行動の乖離こそ、滅亡の原因であるという古訓を根拠に忠言。
  • 「太宗はこの言葉を大いに喜び、美人を親族のもとへ返した。」
     → 進言を受け入れ、即座に誤りを正す姿勢を示した。

4. 用語解説:

  • 廬江王瑗(ろこうおうえん):前王族であるが、失脚して罪を得た人物。
  • 『管子』:斉の名宰相・管仲に帰せられる古典。政治・経済・軍事・哲学を網羅。
  • 善善而不能用、惡惡而不能去:善を評価しても用いず、悪を知っても退けないという為政者の致命的欠陥。
  • 至善:最も優れた忠告、道徳的に優れた態度を意味する。

5. 全体の現代語訳(まとめ):

貞観初年、太宗が王珪と酒席を共にしていた際、美しい女性が側にいた。
彼女はかつての王、廬江王瑗の妻であったが、瑗の失脚後、宮中に召し入れられていた。

太宗は「夫を殺して妻を奪うとは酷いものだ」と語ったが、王珪はこれを聞いて「それは正しいのか、誤りなのか」と問うた。
太宗が「当然、誤りである」と答えると、王珪は『管子』の逸話を引用し、「悪と知りながら放置することこそが国家を滅ぼす」と説いた。

太宗はこの忠言を深く評価し、美人を元の親族へと返した。


6. 解釈と現代的意義:

この章句は、**「知識と行動の一致」**が統治者にとって不可欠であることを説いています。

太宗は理屈として「悪である」と認識していたが、自らの行動はその悪を温存していた。
王珪はそれをあえて問い、「知っていながら行動しないことが最も危険」であると、古典を根拠に忠言します。

この姿勢は、現代においても、“問題を自覚していながら何も変えない”リーダーの危険性に警鐘を鳴らすものです。


7. ビジネスにおける解釈と適用:

✅「問題を知りながら放置するリーダーが、組織を腐らせる」

どれほど正義を語っても、行動が伴わなければ信頼は崩れる。

✅「“なぜそれがそこにあるのか”を問う勇気」

王珪のように、立場を超えて核心を突く発言ができる文化が、組織を健康に保つ。

✅「過ちを認めてすぐに是正するリーダーが、信頼される」

太宗は美人を返すという、具体的な是正行動に出た。指摘を受け入れる柔軟性と速さが、信頼の礎となる。


8. ビジネス用心得タイトル:

「善を知り、善を行う──“行動なき正論”が最も危うい」


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