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第七章 斉の管仲と晋の勃鞮の故事

この章では、忠誠と信義、過去の怨恨を越えた用人の道を主題に、太宗が臣下・韋挺の諫言を称えた書簡が紹介されます。太宗は、韋挺の諫言を受け入れるにあたり、中国古代の名君・名臣の逸話を引いて説得力を持たせ、自身の政治理念を語るという高い政治的教養と見識を示しています。


忠義の典型としての「管仲」と「勃鞮」

太宗は、まず以下の二つの古代中国の逸話を取り上げます。

管仲と斉の桓公(小白)

  • 夷吾(管仲)は、小白(斉の桓公)を襲撃し、帯金に矢を当てた
  • しかし桓公はそれを恨まず、後に宰相として起用し、斉を中原の覇者に押し上げた。

勃鞮と晋の文公(重耳)

  • 勃鞮は戦時に重耳の衣の袂(たもと)を切り裂いた
  • しかし重耳(後の晋の文公)はそれを根に持たず、彼を同様に信任し続けた。

両者に共通するのは、「過去の対立や敵対的行動があったにもかかわらず、それが**“主命によるものであり、私怨ではない”**という理由で、寛容に受け入れた君主の度量と、それに応えた臣下の忠義」です。

太宗は、これらの逸話を「二心なき忠義」の証として讃えています。


忠誠の心を現代にも通じる「模範」として捉える

太宗は、韋挺の上奏文に現れたその忠誠心を、前述の逸話になぞらえて評価し、次のように説きます。

「もしこの忠節を貫くことができれば、汝の名声は永く残る。
もし怠れば、それは誠に惜しいことである」

これは、忠義の実践を一時の言葉ではなく、終生の姿勢として貫けという強い期待を表しています。

そして、太宗は次のようにまとめます:

「今の我々が昔の故事を見るように、将来の人々が今の我々を模範と見るようにしよう。
それはなんと麗しいことであろう」

この部分では、太宗が自らの政治が「後世の模範」となることを意識していたことが読み取れます。これは単なる諫言への返答ではなく、政治的な自覚と使命感の表明でもあります。


統治者の孤独と忠臣の支え

さらに太宗は、次のように感情を込めて語ります:

「私は最近、自分の過ちを聞かないし、欠点にも気づかない。
そなたの忠言によって、私は心を潤されている」

この一節には、皇帝という立場の孤独と、忠臣による諫言のかけがえのなさが滲み出ています。

“心を潤す”という表現は、単なる政治的助言ではなく、精神的支えとしての忠臣の価値を示しています。太宗にとって韋挺の進言は、政治の羅針盤であり、心の栄養でもあったのです。


現代への示唆

この章から得られる教訓は、次の通りです:

  • 過去の対立や過ちよりも、現在の忠誠と誠意を重んじるべき
  • 真のリーダーシップとは、過去にとらわれず、人物の本質を見抜く寛容さにある
  • 組織においても、過去の失敗を責めるより、そこから立ち上がる人を支えるべき
  • トップに立つ者は、自らの過ちを自覚する術を常に持ち、忠言を糧とする姿勢を持たなければならない

総評

この章は、太宗の君主としての寛容さと先見性、そして忠臣に対する深い敬意と期待が凝縮された名文です。太宗が臣下の忠義を古典になぞらえて評価し、それを後世への“範”としようとするその姿勢は、古今を問わず、あらゆる指導者にとって学ぶべき理想像といえるでしょう。

目次

「忠言は心を潤す泉であり、未来への範となる」


1. 原文(整理)

太常卿韋挺、かつて上疏して政務の得失を陳ず。太宗これに返書して曰く:
「卿の意見はまさしく讜言(正論)であり、その辞や理(ことばと理屈)は観るべきものがある。これを読み、まことに慰む思いである。
昔、斉国の辺境の難(戦)において、夷吾(管仲)は小白(斉桓公)に矢を放った“射鉤の罪”があり、
また蒲坂の戦では勃鞮が重耳の衣を裂いた“斬袂の仇”があった。
それでも小白は管仲を疑わず、重耳は勃鞮を旧友のように遇した。
これは、それぞれが他主に仕えたに過ぎず、志に二心がなかったからである。
卿の深い忠義の情も、まさにこれと同様に見える。
もしこの節操を堅く守るならば、永久に令名を保つことができよう。
もしこれを怠るならば、惜しむに足りぬ。
初志を貫き、後代の模範となるよう努力せよ。後の人々が今を古と見なすように、今の我々が古人を見るようになる。なんと美しいことではないか。
最近は卿の諫言をあまり聞かず、その欠けたところも見ていない。
だが忠誠の気持ちを尽くし、たびたび嘉言を献じてくれることで、私の心は潤される。
これほどありがたいことが他にあるだろうか」。


2. 書き下し文

太常卿・韋挺が政務について上疏したところ、太宗は書を与えて言った。
「卿の意見は極めて正しい忠言であり、言葉も理屈も素晴らしい。
これを読んで非常に慰められた。
昔、斉の国境の戦で、管仲は斉桓公に矢を放ち、
また蒲坂の戦では勃鞮が晋の重耳の袖を切り裂いた。
しかし斉桓公は管仲を疑わず、重耳は勃鞮を旧交のように扱った。
これは互いに主君が異なっただけで、志は一つだったからである。
卿の忠誠心もまたこれに見える。
もしその節操を守れば、永く名誉を保つことができよう。
もし怠るならば、惜しまれることはない。
初志を貫いて後代の手本となれ。
後の世の人が今を古と見るように、今の我らが古を仰ぐようであれ。これ以上の美しさがあろうか。
最近は卿の言をあまり聞かず、欠点も見えていないが、忠誠を尽くし、たびたび良き言葉を述べることで、私は心から喜んでいる。
これほどのものがあるだろうか」。


3. 用語解説

用語解説
讜言(とうげん)正しい、真心からの忠言。
射鉤の罪管仲が斉桓公(小白)に矢を放った故事。のちに宰相として重用される。
斬袂の仇晋の重耳が亡命時に衣の袖を斬られた故事。後にその人物を許し、再び重用した。
志在無二二心を持たず、一筋に主君や国家のために仕えること。
垂範(すいはん)後世への模範、手本となること。

4. 全体現代語訳(まとめ)

「あなたの忠言はまことに的を射ており、読むたびに心が慰められる。
かつて斉桓公は、矢を放った管仲を疑わず、重耳もまた傷つけた旧友を信じた。
これは、彼らが仕える主君が異なっても、忠誠の志に二心がなかったからである。
あなたの忠誠心にもそれと同じ精神が見られる。
この姿勢を守るなら、後の世まで誉れを残すであろう。
初志を貫き、後の模範となるよう励みなさい。
忠言を通じて、私は深く心を潤されている」。


5. 解釈と現代的意義

この太宗の返書には、以下のような重要な価値観が表れています:

  • 過去の対立を許容する度量の大きさ
     過去に対立した者であっても、忠義や実力があれば重用すべきという英断。
  • 忠義の精神は一貫して評価されるべき
     仕える相手が変わっても「志の純粋さ」が大切である。
  • 後世の模範となる生き方の推奨
     「今」を後世の人がどう見るかという歴史意識と責任感がある。

6. ビジネス応用:現代に活かす視点

テーマ現代的応用の例
過去の競合との協業M&Aや業界再編時に、かつてのライバルも実力があれば迎え入れる懐の広さ。
誠実な提言への賛美社員の提言(ときに批判)を喜び、賞賛する文化をリーダーが育てることの重要性。
長期視点での名声づくり「今この行動は、未来の人からどう見られるか」を意識した経営判断と行動。

7. ビジネス用心得タイトル

「志は二なし──忠言が時代を越える」


この返書は、**「忠義とは、仕える相手ではなく、志の純粋さにある」**という大原則を教えてくれます。

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