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国の統治と人の病気は同じ

貞観五年(631年)、太宗は側近の者たちに向かって言いました。「国を治めるのと病気を治すのとには、違いがない。病人が治ったと思った時こそ、いよいよ養生しなければならない。もし禁じられていることを破れば、必ず命を落とすことになるだろう。国を治めるのも、また同じである。天下がようやく安泰を迎えた時こそ、最も慎重でなければならない。もしその時に驕って政務を怠るようなことがあれば、必ず滅びに至るだろう。」

太宗は続けて言いました。「今、天下の安危は私にかかっている。だから、私は一日一日を慎んで過ごさなければならない。たとえ賛美されても、自分で立派だとは思わないようにしている。しかし、私の目や耳、そして手足は、汝らに頼っている。つまり、私と汝らは一心同体であるということだ。どうか、力を合わせて心を一つにしてほしい。もし私に良くないことがあったら、隠さずに言葉を尽くして報告するべきだ。」

太宗は最後に言いました。「君臣が互いに疑い合い、思っていることを十分に打ち明けられないような関係であれば、それは国にとって非常に大きな害となるのだから。」


目次

原文とふりがな付き引用

「貞觀五年(ていかん ごねん)、太宗(たいそう)は侍臣(じしん)に曰(い)く、『治國(ちこく)與(と)養病(ようびょう)無異(い)也(なり)。病人(びょうにん)覺愈(かくい)、彌須將護(いやしくはまも)る。若(もし)有(あ)る觸犯(しょくはん)、必(かならず)至(いた)る殞命(いんめい)。治國亦然(やくしき)』」

「天下(てんか)稍(やや)安(あん)し、尤(もっと)須(すべ)し兢愼(きょうしん)。若(もし)便(すなわ)ち驕逸(きょうい)すれば、必(かならず)至(いた)る喪敗(そうはい)。今天下(てんか)安危(あんき)、繫(か)かる於(お)我(わが)身(み)』」

「故(ゆえ)に日(にち)愼(つつし)み一日(いちにち)、雖(いえど)も休(やす)まずして休まざれども。然(しか)し耳目(じもく)股肱(ここう)、寄(よ)せて卿輩(けいはい)、義均一体(ぎきんいったい)、宜(よろ)し協力(きょうりょく)して同心(どうしん)すべし。事(こと)に不安(ふあん)あれば、極(きょく)めて言(い)わずして隠(かく)すべからず』」

「儻(たと)い君臣(くんしん)相疑(あいぎ)して、備(そな)わりて尽(ことごと)く肝膈(かんかく)を尽(つく)さず、実(じつ)に国(くに)の大(だい)害(がい)なり』」


注釈

  • 克己復礼(こっきふくれい)…自分の欲望を抑え、儒教の礼に従うこと。
  • 君臣相疑(くんしんあいぎ)…君主と臣下が互いに疑い、信頼を欠くこと。
  • 肝膈(かんかく)…心の内、特に肝心な事柄。
  • 耳目股肱(じもくここう)…君主が頼りにする側近や家臣たち。直接的な支援者。
  • 隠すべからず(かくすべからず)…隠すことなく、すべてを打ち明けるべきだという教え。

以下に、『貞観政要』巻一より、唐太宗が国家運営と人臣の役割について語った章句「治国は病を養うがごとし」を、ご指定の構成に従って整理いたします。この章句は、**「国家が安定したときほど、慎重であれ」**という、リーダーにとっての核心的心構えが説かれた名言です。


『貞観政要』巻一「治国は病を養うが如し」より

―安泰の中にこそ、油断なく協心の治を―


1. 原文

貞觀五年、太宗謂侍臣曰:

「治國與養病無異也。病人覺愈,彌須將護。若有觸犯,必至殞命。治國亦然,天下稍安,尤須兢愼。若便驕逸,必至喪敗。

今天下安危,繫之於朕。故日愼一日,雖休勿休。然耳目股肱,寄於卿輩,義均一體,宜協力同心。事有不安,可極言無隱。儻君臣相疑,不能備盡肝膈,實為國之大患也。」


2. 書き下し文

貞観五年、太宗、侍臣に謂(い)いて曰く、

「国を治めることは、病を養うことと異なるところはない。病人が癒えかけたときこそ、より慎重に看護せねばならない。もしこの時に無理をすれば、たちまち命を失うこととなる。国家の運営も同じであり、天下がようやく安定し始めた今こそ、いよいよ慎みを要するのだ。

もしこのときに驕り、怠るようなことがあれば、必ずや滅びに至るであろう。

いま、天下の安危は朕一人にかかっている。ゆえに、朕は日ごとに慎みを重ね、たとえ休むべき時でも決して休まぬ覚悟である。

されど、朕の耳目や手足にあたる諸卿に、政務の一端を託している。君臣は一体の義に等しいゆえ、協力し心を一つにしてほしい。

もし不安なことがあれば、極めて率直に述べ、決して隠してはならぬ。万が一、君と臣が互いに疑い合い、胸中を尽くせないようなことがあれば、それこそ国家にとっての最大の災いである。」


3. 現代語訳(逐語)

  • 「治國與養病無異也」
     → 国を治めることは、病人を養うことと変わらない。
  • 「病人覺愈,彌須將護」
     → 病気が良くなってきた時こそ、より一層注意深く看護しなければならない。
  • 「驕逸,必至喪敗」
     → おごりと怠けは、必ず敗亡を招く。
  • 「日愼一日,雖休勿休」
     → 日々を慎み、たとえ安らげるときでも気を緩めない。
  • 「耳目股肱,寄於卿輩」
     → 耳・目・手足にあたる存在として、諸臣に政務を託している。
  • 「極言無隱」
     → 包み隠さず、ありのままを述べよ。
  • 「肝膈」
     → 内心、真情、胸の内。肝胆相照らすような信頼関係。

4. 用語解説

用語意味
養病(ようびょう)病気の快復期に養生・慎重を要する状態。国家の安定期にたとえられる。
兢愼(きょうしん)緊張感を持ち、慎重に行動すること。
耳目股肱(じもくここう)君主の代わりに見聞きし、動く官僚たち。
肝膈(かんかく)真心、腹の中。肝胆の意と同じ。
極言遠慮なく率直に述べること。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

貞観5年、太宗は侍臣にこう語った。

「国家を治めるというのは、病を養うのと同じである。病が癒えてきた時こそ、むしろ慎重に看病せねばならない。無理をすれば命を落とす。国家もまた、安定しはじめたときこそ慎重さが必要だ。ここでおごったり怠ったりすれば、必ず破滅が待っている。

今、天下の安危は私にかかっている。私は毎日を慎み、安らげる時でも決して心を緩めない覚悟でいる。

しかし、私の耳目・手足にあたる諸君らに、政務の多くを託している。君と臣とは一体のようなものであり、心を一つにして職務に当たってほしい。

もし何か不安や不満があれば、包み隠さずすべてを率直に語ってくれ。もし君臣が疑い合い、胸の内をさらけ出せないような関係になれば、それこそ国家の最大の災いである。」


6. 解釈と現代的意義

この章句は、安定期における“慢心”と“緩み”が、いかに国家を滅ぼすかを明確に示した警句です。太宗は、国家運営を病の快復期にたとえ、「今こそ慎重であるべき」と語ります。

また、「部下こそが自分の耳目であり、肢体である」との認識を持ち、組織における信頼と協力の必要性を強調します。互いに疑い、遠慮して沈黙すれば、政の失敗は避けられないという深い認識です。


7. ビジネスにおける解釈と適用

  • 「成長企業ほど“油断期”に要注意」
     売上が安定し、組織も整ってくる頃こそ、気の緩みやリスク感度の低下が起きやすい。
  • 「リーダーとチームの信頼が崩れたら末期」
     経営層と現場が“本音で語れない”状況は、最大のリスク。肝胆相照らすような信頼構築が必要。
  • 「日々の慎重さこそが継続の鍵」
     “日愼一日、雖休勿休”は、企業文化・品質・サービスの維持に不可欠な姿勢。

8. ビジネス用の心得タイトル

「安定期こそ最も危うし──信頼と慎重が組織を守る」


この章句は、持続可能な組織運営に欠かせない心構えを提示しています。特に経営層や中間管理職が“油断しがちな時期”にこそ掲げたい教訓です。他の警句との併用や、組織診断への活用もご希望があれば対応いたします。

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