人の心は、ざわつきや動揺の中では、
往々にして本当のこと――“真”を見失ってしまう。
だからこそ、あれこれと思い悩まず、
ただ一人、静かに澄んだ心で座ってみるとよい。
すると、雲が空に湧いて流れていけば、
その雲とともに心も悠々と漂うようになる。
雨が静かに降れば、その一滴一滴が心を冷やし、清らかにしてくれる。
鳥がさえずれば、それに呼応するように、心も楽しくなる。
花が散るのを目にすれば、ふと心の奥底に何かを「悟る」感覚が生まれてくる。
このように、場所や状況を問わず、
どんなところにも「真理の風景」があり、
あらゆるものが「真の働き(真機)」をそっと教えてくれるのだ。
原文とふりがな付き引用
人心(じんしん)の多(おお)くは動処(どうしょ)より真(しん)を失(うしな)う。
若(も)し一念(いちねん)生(しょう)ぜず、澄然(ちょうぜん)として静坐(せいざ)すれば、
雲(くも)興(おこ)りて悠然(ゆうぜん)として共(とも)に逝(ゆ)き、
雨(あめ)滴(したた)りて冷然(れいぜん)として俱(とも)に清(きよ)く、
鳥(とり)啼(な)いて欣然(きんぜん)として会(かい)する有(あ)り、
花(はな)落(お)ちて瀟然(しょうぜん)として自得(じとく)す。
何(いず)れの地(ち)か真境(しんきょう)に非(あら)ざらん。
何の物(もの)か真機(しんき)無(な)からん。
注釈
- 動処(どうしょ):心が動揺している状態。
- 一念生ぜず:何の思考も湧き起こさず、無念の境地であること。
- 澄然(ちょうぜん):澄んだ心で、静かに落ち着いている様子。
- 悠然(ゆうぜん):ゆったりと、自然の流れに身を任せた心境。
- 欣然(きんぜん):心が晴れやかになり、喜びが生じること。
- 瀟然(しょうぜん):さっぱりと清らかに、ふと心に得るものがある様。
- 真機(しんき):万物に内在する真理の働き、本質への気づき。
1. 原文
人心多從動處失眞。若一念不生、澄然靜坐、雲興而悠然共逝、雨滴而冷然俱淸、鳥啼而欣然有會、花落而瀟然自得。何地非眞境、何物無眞機。
2. 書き下し文
人心(じんしん)は多く動処(どうしょ)より真(しん)を失う。
若(も)し一念(いちねん)生ぜず、澄然(ちょうぜん)として静坐(せいざ)すれば、
雲(くも)興(おこ)りて悠然(ゆうぜん)として共(とも)に逝(ゆ)き、
雨(あめ)滴(したた)りて冷然(れいぜん)として俱(とも)に清く、
鳥(とり)啼(な)いて欣然(きんぜん)として会(かい)する有(あ)り、
花(はな)落(お)ちて瀟然(しょうぜん)として自得(じとく)す。
何(いず)れの地(ち)か真境(しんきょう)に非(あら)ざらん。何の物か真機(しんき)無(な)からん。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「人の心は、多くの場合、心が動揺したときに真実を見失う」
- 「もし一切の雑念を生じさせず、澄みきった心で静かに座っていれば──」
- 「雲が立ち昇るのを見て、心は悠然とそれと共に流れ、」
- 「雨のしずくが落ちるのを見て、冷たさと共に心も清らかになり、」
- 「鳥の鳴き声を聴いて、心から喜びと出会いを感じ、」
- 「花が静かに落ちる様を見て、心の中に満ち足りた思いが自然と湧き起こる」
- 「いったい、どこが“真の境地”でないと言えるだろう? どんなものに“真理のきっかけ”がないと言えるだろうか?」
4. 用語解説
- 動処(どうしょ):心が騒ぎ、揺れ動く場面。感情や欲望が起こる契機。
- 澄然(ちょうぜん):濁りがなく澄みきっているさま。
- 静坐(せいざ):心を落ち着けて坐すこと。禅や瞑想の原型。
- 悠然(ゆうぜん):ゆったりとして心に余裕があるさま。
- 冷然(れいぜん):冷たく静謐な気配。清涼で落ち着いた印象。
- 欣然(きんぜん):うれしく心が晴れやかになる様子。
- 瀟然(しょうぜん):さっぱりとして風流・清澄な印象。
- 自得(じとく):自ら気づき、満ち足りた感覚を得ること。
- 真境(しんきょう):真実の境地、悟りの世界。
- 真機(しんき):真理のきっかけ、物事に潜む本質的な機微。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
人の心は、何かに動かされるときにこそ本当の真実を見失いやすい。
だが、もし一念も起こさず、心を澄ませて静かに坐っていれば、
空に雲が湧いてくる様子を悠々と共に眺め、雨のしずくが落ちる音に清涼感を覚え、
鳥のさえずりに心が通じ合う喜びを見出し、花の散る風情に自然と満足感を得ることができる。
このように、どこにいても、それはすでに“真理の世界”であり、
すべてのものに“真理を開くきっかけ”が隠れているのだ。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、外界の現象を問題とせず、自分の内なる在り方(心の静けさ)がすべてを決めるという、東洋的な内観・禅的哲学の精髄を語っています。
- 「動く心=騒がしい感情や思考」が、真実を隠してしまう原因
- 「澄んだ静けさ」があれば、どんな出来事・風景も“悟りのきっかけ”となる
- 宗教や特別な環境でなくとも、“今ここ”の現実がすでに真境となり得る
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「焦りや怒りの中では、正しい判断はできない」
- 問題があるときほど、「一念生ぜず」の境地を意識すべき。
- メールを書く前に深呼吸、会議の前に静坐──すべてが「真境」の入り口。
✅ 「雑念に流されず、“いまここ”に静かに存在する」ことが直観を磨く
- 顧客の声や現場の空気から“真機”をつかむには、先入観を排して聴く静けさが必要。
✅ 「あらゆる場所・あらゆる事象に“学びと気づき”がある」
- オフィス、通勤中、雨音、社員の会話──全てが“真理のサイン”になり得る。
8. ビジネス用の心得タイトル
「心が澄めば、どこでも真理──静けさが世界を開く」
この章句は、マインドフルネス研修、EQトレーニング、判断力向上セッションなどに非常に有効です。
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