騒がしさを嫌い、静けさを好む人が、ときに人を避けて孤独を選ぶことがある。
しかしそれは、静寂への執着ゆえの選択であり、
「人を避ける」という行為の裏には「我(わたし)」という心のとらわれが存在している。
つまり、静けさを求めるその心自体が、すでに「心を動かす根」なのだ。
この状態では決して、「人と我を分け隔てなく見て、動も静も忘れる」という境地には到達できない。
修養の究極とは、「人」も「自分」も、「動」も「静」も分けず、こだわらず、
一切を自然に受け容れる心の平等さ、まっさらな無心にある。
原文とふりがな付き引用
寂(じゃく)を喜(よろこ)び、喧(けん)を厭(いと)う者(もの)は、往往(おうおう)にして人(ひと)を避(さ)けて以(も)って静(せい)を求(もと)む。
意(い)、人(ひと)無(な)きに在(あ)れば、便(すなわ)ち我相(がそう)を成(な)し、心(こころ)、静(しず)かなるに着(ちゃく)すれば、便ち是(こ)れ動根(どうこん)なるを知らず。
如何(いかん)ぞ、人我一視(じんがいっし)、動静両忘(どうせいりょうぼう)の境界(きょうがい)に到(いた)り得(え)ん。
注釈
- 寂を喜び喧を厭う:静けさを好み、騒がしさを嫌うこと。
- 我相(がそう):自我のとらわれ。「わたし」という意識が強くなること。
- 動根(どうこん):心が動くきっかけ。静けさへの執着すらも、心の波立ちの原因になる。
- 人我一視(じんがいっし):人も自分も分け隔てなく平等に見ること。
- 動静両忘(どうせいりょうぼう):動いている・静かであるといった区別や執着を超えて、すべてを忘れた無心の境地。
1. 原文
喜寂厭喧者、往往人以求靜。不知意在人無我相、心着於靜是動根。如何、到得人我一視、動靜兩忘境界。
2. 書き下し文
寂(せき)を喜(この)み、喧(けん)を厭(いと)う者は、往々(おうおう)にして人(ひと)を避(さ)けて以(もっ)て静(せい)を求(もと)む。
知らず、意(い)は人無(ひとなし)きに在(あ)れば便(すなわ)ち我相(がそう)を成(な)し、心(こころ)静(せい)に着(ちゃく)せば便ち是(こ)れ動(どう)の根(こん)なるを。
如何(いか)ぞ、人我一視(いちし)、動静両忘(りょうぼう)の境界(きょうがい)に到(いた)り得(え)んや。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「静けさを好み、騒がしさを嫌う人は、よく他人を避けて静けさを求めようとする」
- 「しかし実は、“人がいないこと”に意識が向くと、そこに“自分”が生じてしまい、」
- 「心が“静かであること”に執着すると、かえって“動”の根を植えることになる」
- 「どうして、他人と自分の区別をなくし、動いていても静かであっても、とらわれない境地に至れるだろうか?」
4. 用語解説
- 喜寂厭喧(せきをこのみ けんをいとう):静けさを好み、騒がしさを嫌うこと。
- 我相(がそう):仏教用語。自分という存在に対するとらわれ。
- 心着於靜是動根(こころ しずけさにちゃくすれば これ どうのこん):静けさに執着する心は、かえって動き(乱れ)の原因になる。
- 人我一視(じんがいっし):「自分」と「他人」の分別がない状態。
- 動静両忘(どうせいりょうぼう):動いていても、静かでいても、どちらにもとらわれない精神状態。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
静けさを好み、騒がしさを嫌う人は、よく人を避けて静かな場所を求めようとする。
しかし、人がいないことを意識するということは、逆に「自分」がそこにあるという分別を生んでしまう。
また、静かでありたいという気持ちに執着すれば、それがかえって心の乱れを生む原因となる。
どうすれば、「他人も自分も同じように見て」「動きも静けさも共に忘れる」ような、本当の自由な境地に至ることができるだろうか?
6. 解釈と現代的意義
この章句は、「静」を求めることすら一種の“とらわれ”であるという、非常に高度な精神的教えを含んでいます。
- 「静かな場所に行きたい」「人と離れたい」という欲求は、一見ストイックなようでいて、実は“我”の延長である
- 本当の静けさとは、「どこにいても心が騒がない状態」
- 禅や老荘思想でいう「無心」「無我」「無分別」の境地は、「静」「動」といった対立をも超越する
つまり、**本当の自由・安らぎとは、静かさや状況の変化に依存しない“心の状態”**から生まれるのです。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「静かな職場でないと働けない」は真の安定ではない
本質的には「周囲がうるさいかどうか」ではなく、「自分の内面が騒がしいかどうか」。
✅ 「環境の整備」よりも「執着の解消」が先
静かな環境を整えるのも大事だが、「静かでなければ落ち着かない」という心の癖の方が問題。
✅ リーダーこそ、“動静両忘”を実践すべき
会議の喧噪でも、プレゼンの沈黙でも、どちらでも「心が変わらない」状態を持つ人が、組織を安定させる柱となる。
✅ 「人と会うのが面倒」「一人がいい」も一種の執着
孤独を好むのではなく、他者との関係性の中でも“自分を失わない”在り方を養うべき。
8. ビジネス用の心得タイトル
「静けさを求める心こそ、騒ぎの種──“動静両忘”にこそ真の安らぎがある」
この章句は、マインドフルネスやレジリエンス研修の応用教材として非常に適しています。
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