心のなかが“欲”でいっぱいの人は、静かに澄んだ深い淵に、波が沸き立つような状態にある。
たとえ人里離れた山林に身を置いたとしても、その静寂を味わうことができない。
一方で――
心のなかが“虚(から)”であり、欲望にとらわれていない人は、
たとえ酷暑の夏でさえ、内から涼しさを感じ、
にぎやかで騒々しい町中にあっても、静けさのなかにいるように心が落ち着いている。
つまり、心の状態が世界の感じ方を決定する。
欲に満ちれば、どんな環境も乱れて見え、
欲を離れれば、どんな場所も清らかで快適に感じられる。
引用(ふりがな付き)
其(そ)の中(なか)を欲(よく)にする者(もの)は、波(なみ)、寒潭(かんたん)に沸(わ)き、
山林(さんりん)も其の寂(せき)を見(み)ず。
其の中を虚(から)にする者は、涼(すず)しさ、酷暑(こくしょ)に生(しょう)じ、
朝市(ちょうし)も其の喧(けん)を知らず。
注釈
- 其の中(そのなか):心のうち、精神の状態。
- 欲にする:欲望に満ちた状態。強い執着。
- 寒潭(かんたん):静かな深い淵。本来は動じない心の象徴。
- 涼生酷暑(りょう、こくしょにしょうず):心が澄んでいれば、真夏でも涼しさを感じられる境地。
- 朝市(ちょうし):雑踏する町、騒々しい場所。比喩的に「世俗のにぎわい」を表す。
関連思想と補足
- 『老子』に見られる「足るを知る者は富む」「欲を断てば、心安らかになる」といった**「儉欲」=欲を減らすことの大切さ**を色濃く反映。
- 『菜根譚』後集21条では同様に、「足るを知る」人こそが、仙境のような心持ちを得られると説かれている。
- 現代心理学でも「内的リソース(自律・静けさ)」の重要性が説かれており、外界よりも内面の整え方が幸福感を決定づけるとする点で一致する。
- 断捨離やミニマリズムといったライフスタイルとも親和性が高く、少ない欲望のなかにこそ深い静けさがあるという実感を得やすい。
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