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恩は徐々に厚く、威はまず厳しく――人の心を動かす順序の知恵

人に恩恵を施すときには、最初は控えめにして、後から少しずつ厚くしていくのがよい。
最初に大きく施してしまい、後で減らしてしまうと、人はその恩をすぐに忘れ、感謝の念も薄れてしまう。

逆に、人に対して威厳を示す必要があるときには、初めに厳しくしておいて、そこから徐々に寛容にしていくのが良い。
最初に寛大すぎて、後から厳しさを見せると、人はそれを「変心」や「裏切り」と受けとめ、反発や恨みを生じやすい。

このように、人の心理は与え方や示し方の「順序」に敏感であり、
恩も威も「始まり方」ひとつで、まったく違う結果を生むという点を見逃してはならない。

佐藤一斎もまた「恵は必ず人を懐く」と述べており、恩の施し方には深い戦略性と慎重さが求められる。
ただし、君子たる者は、見返りを求めて恩を与えるのではなく、「正しい形」で与えることそのものが目的であるべきだという原則を忘れてはならない。


原文(ふりがな付き)

「恩(おん)は宜(よろ)しく淡(たん)よりして濃(のう)なるべし。
濃(のう)を先(さき)にし淡(たん)を後(のち)にすれば、
人(ひと)は其(そ)の恵(めぐ)みを忘(わす)る。

威(い)は宜(よろ)しく厳(げん)よりして寛(かん)なるべし。
寛(かん)を先(さき)にして厳(げん)を後(のち)にすれば、
人(ひと)は其(そ)の酷(こく)を怨(うら)む。」


注釈

  • 淡(たん)→濃(のう):恩恵は最初は控えめに、次第に手厚くする。
  • 濃→淡:最初に期待を大きく与えると、その後の減少に落胆する。
  • 厳(げん)→寛(かん):初めは厳格に接し、その後に寛容さを見せると尊敬と安心が生まれる。
  • 寛→厳:最初に甘く、後から厳しくすると、反感や不信感を招く。

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  • start-soft-end-strong(恩は薄く始めて厚く)
  • discipline-first-trust-later(まず厳格、次に寛容)
  • wise-sequence-of-giving(与え方の順序こそ知恵)

この条は、人間関係を築く上での“奥ゆかしさ”と“戦略性”のバランスを見事に示しています。
恩を施すにも、威を示すにも、**「どれだけ」より「どう始めるか」**が問われるのです。

1. 原文

恩宜自淡而濃。先濃後淡者、人忘其惠。
威宜自嚴而寬。先寬後嚴者、人怨其酷。


2. 書き下し文

恩(おん)は宜(よろ)しく淡(たん)よりして濃(のう)なるべし。濃を先にし淡を後にすれば、人は其(そ)の恵(めぐ)みを忘(わす)る。
威(い)は宜しく厳(げん)よりして寛(かん)なるべし。寛を先にして厳を後にすれば、人は其の酷(こく)を怨(うら)む。


3. 現代語訳(逐語訳/一文ずつ訳)

  • 「恩は宜しく淡よりして濃なるべし」
     → 恩(思いやりや優しさ)は、最初は控えめに始めて、徐々に深くしていくのがよい。
  • 「濃を先にし淡を後にすれば、人は其の恵みを忘る」
     → 最初から厚遇し、あとから冷たくなると、人はその恩をすっかり忘れてしまう。
  • 「威は宜しく厳よりして寛なるべし」
     → 威厳(厳しさや規律)は、最初は厳格にし、あとから徐々に寛容にするべきである。
  • 「寛を先にして厳を後にすれば、人は其の酷を怨む」
     → 最初に甘やかしておいて後から厳しくすると、人はその厳しさを恨み、残酷に感じる。

4. 用語解説

  • 恩(おん):慈しみ、配慮、情け、優遇。上位者からの思いやり。
  • 淡(たん)・濃(のう):ここでは、控えめと手厚さの対比。
  • 威(い):威厳、規律、権威のもとでのコントロール力。
  • 厳(げん)・寛(かん):規律の厳しさと心のゆとりの対比。
  • 酷(こく):冷酷、残酷な印象をもたらす過度の厳しさ。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

恩は、最初は控えめに始めて、徐々に厚くするのがよい。
最初から手厚くして、後に薄くすると、人はその恩をすぐに忘れてしまう。

威厳は、最初にしっかりとした厳しさを示し、あとから寛容にするのがよい。
最初に甘やかしてしまい、あとから厳しくしても、人はその変化を理不尽と感じ、恨みを抱いてしまう。


6. 解釈と現代的意義

この章句は、「信頼関係の築き方」「人との距離感」「統率と温情の順序」に関する極めて実践的な教訓です。

  • 恩情は、じわじわと深めるからこそ心に染みる。
  • 威厳は、初動での厳しさが基盤であり、そこから緩和することで信頼を得られる。

つまり、感情のマネジメントと対人関係の温度調節において、「順序」が結果を左右するという心理的メカニズムを、簡潔に表現しているのです。


7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

●「人材マネジメントにおける“恩の設計”」

  • 新人や部下への支援・優遇は、最初から全面的にやりすぎない。
  • 徐々にサポートや裁量を広げていくことで、感謝と成長意識が生まれる。
  • 最初から“手取り足取り”で接し、後で引き締めると「冷たくなった」と受け取られがち。

●「規律づくりの基本は“先厳後寛”」

  • 最初にルールや基準を明確に示すことで、安心と秩序を提供する。
  • 徐々に個人裁量や柔軟対応を導入していけば、信頼と自主性が育つ。
  • “先に寛く、後で厳しく”は、ギャップが裏切りとして作用しやすく、反発や離反を招く。

●「顧客関係・パートナーシップにも応用可能」

  • 初期段階では過剰サービスにせず、誠実で基本に忠実な対応を。
  • 継続的な関係の中で少しずつ信頼と特典を積み重ねることで、持続可能な関係が構築できる。

8. ビジネス用の心得タイトル

「恩はじわりと深く、威は先に堅く──順序が信頼と敬意を決める」


この章句は、「感情と対応のタイミング」が人の受け止め方を大きく左右することを教えています。

たとえ正しい対応でも、順序が逆であれば恨みを買い、誤解を生む。
人を動かすのは“行動”そのものではなく、“行動の流れと節度”である──このことを忘れずにいたいものです。

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