MENU

才能も熱意も、徳がなければ一流とはいえない

節義が高潔で、大臣に匹敵するほどに立派に見えたり、文章が古代の名曲「白雪」を超えるほどに華麗だったとしても、それが徳によって磨かれたものでなければ、ただの一時の勢い、または表面的な技芸にすぎない。

真に世の中で価値あるものと認められるには、感情や才能に頼るだけでは足りず、それを内側から支える人間としての徳性が不可欠である。
孔子もまた「仁」がなければ、礼も音楽も意味をなさないと述べた。
美しさや立派さは、表面にあらわれるものではなく、鍛えられた人間性の奥からにじみ出るものなのだ。


原文(ふりがな付き)

「節義(せつぎ)は青雲(せいうん)に傲(おご)り、
文章(ぶんしょう)は白雪(はくせつ)より高(たか)きも、
若(も)し徳性(とくせい)を以(も)って之(これ)を陶鎔(とうよう)せざれば、
終(つい)に血気(けっき)の私(し)、技能(ぎのう)の末(まつ)と為(な)らん。」


注釈

  • 節義(せつぎ):節度と義理。道徳的な立場や振る舞い。
  • 青雲(せいうん):高い地位。宰相・大臣など高官の象徴。
  • 文章(ぶんしょう):ここでは詩文や文章表現の才能、芸術的な教養の意。
  • 白雪(はくせつ):楚の名曲とされる伝統的な名演。比喩的に「高度な芸術」を指す。
  • 陶鎔(とうよう):徳性によって内面を鍛えること。修養や人間形成を意味する。
  • 血気の私(けっきのし):一時的な感情に任せた振る舞い。
  • 技能の末(ぎのうのまつ):小手先の技、表面的な技芸。深みや本質を欠いたもの。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次