心を乱すものを消せば、自然と澄み、自然と楽しくなる。
水は、波さえ立たなければ自然と静まり、
鏡も、ほこりや翳りがなければ、自然と明るく物を映す。
人の心も同じで、
無理に清くしようと気張らなくても、
濁らせる原因(欲、執着、煩悩)を取り除けば、自ずと清らかになる。
「楽しく生きるために、何かを足さなければならない」と思いがちだが、
本当の楽しさは、“外に求めるもの”ではない。
心を苦しめるもの――
たとえば、過剰な期待、不安、怒り、妬み、自己否定――を手放せば、
心は自然に軽くなり、喜びがよみがえる。
原文(ふりがな付き)
水(みず)は波(なみ)たたざれば則(すなわ)ち自(おの)ずから定(さだ)まり、鑑(かがみ)は翳(くも)らざれば、則ち自ずから明(あき)らかなり。故(ゆえ)に心(こころ)は清(きよ)くすべきこと無し。其(そ)の之(これ)を混(にご)らす者(もの)を去(さ)れば、清自(おの)ずから現(あら)る。楽(たの)しみは必(かなら)ずしも尋(たず)ねず。其の之を苦(くる)しむる者を去れば、楽自ずから存(そん)す。
注釈
- 波立たなければ自然と定まる水:水の本質は静けさ。動揺がなければ自然に落ち着く。
- 翳りのない鏡は自然と明るい:鏡(鑑)は曇りさえなければ、磨かずとも明晰。
- 心は清くするにあらず、濁りを除けばよい:自己鍛錬ではなく、執着を手放す方向性。
- 楽は外に求めず、苦しみを除けば現れる:「足す」より「引く」。現代のミニマリズムとも通じる。
※新渡戸稲造は『武士道』で、日本の神社に鏡が祀られている理由を「心を映す清らかな象徴」として解説しています。
「心が穏やかで澄んでいるならば、神の姿をそこに見ることができるのである」とも述べており、本項の精神と響き合います。
パーマリンク(英語スラッグ)
remove-what-clouds-you
(心を曇らすものを除け)true-joy-is-already-there
(本当の喜びは元からある)subtract-to-find-peace
(足すのではなく、引いて平安を得る)
この条文は、心の健康と喜びの本質が「除くこと」にあると説いています。
現代は「もっと手に入れなければ」「もっと整えなければ」と“足し算の時代”ですが、
『菜根譚』は**“引き算の智慧”**を勧めています。
つまり――
心を苦しめる「何か」を一つ、今日手放してみる。
それだけで、あなたの中の“楽”は、きっと戻ってくるのです。
1. 原文
水不波則自定,鑑不翳則自明。
故心無可清,去其混之者,而清自現。
樂不必尋,去其苦之者,而樂自存。
2. 書き下し文
水は波たたざれば則ち自ずから定まり、鑑は翳らざれば則ち自ずから明らかなり。
故に心は清くすべきこと無し。其れ之を混らす者を去れば、清自ずから現る。
楽は必ずしも尋ぬべからず。其れ之を苦しむる者を去れば、楽自ずから存す。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 水面に波が立たなければ、自然と静かに落ち着く。鏡が曇っていなければ、自ら明るく映し出す。
- だから、心を無理に清くしようとする必要はない。ただ心を濁らせる原因を取り除けば、自然と清さが現れる。
- 同様に、楽しさも無理に追い求める必要はない。苦しみの原因を取り除けば、自然と楽しみは残る。
4. 用語解説
- 波(は):ここでは心の乱れの比喩。
- 定(さだ)まる:静かに落ち着くこと。安定した状態。
- 鑑(かがみ):心や本性の象徴としての鏡。
- 翳(くも)り:曇り、汚れ。外的な煩悩や妄念に相当。
- 混(まじ)る:本来の性質を濁らせる邪念や感情。
- 尋(たず)ねる:探し求めること。
- 楽(らく/たのしみ):心の安らぎや充足感。
- 苦しむるもの:不安・欲望・執着など、心を蝕むもの。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
水は波立たなければ自然と静まり、鏡は曇っていなければ自ずと明るく映る。
同じように、人の心も無理に清らかにしようと努力する必要はなく、
それを濁らせる原因を取り除けば、清らかさは自然と現れる。
また、楽しみや喜びも無理に追い求める必要はない。
苦しみの原因を取り除けば、楽しさは自然と心に残る。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、「清らかな心」や「幸福」は“作り出す”ものではなく、もともと“あるもの”だという東洋的思想を説いています。
● 「本来の心の状態」は清浄であり安定している
- 汚れや波乱は、外部からの刺激や内部の執着によって生まれる。
- それを「浄化する」のではなく、「取り除けば自然に戻る」と教える姿勢は、
仏教・道教・儒教に共通する無為自然の知恵。
● 幸せは“追いかける”ものでなく、“戻る”もの
- 現代人は「もっと幸福になるにはどうすればいいか?」を求めすぎる。
→ しかし実は、苦しみを生む執着・恐れ・欲を一つずつ手放すことこそが、最短の道。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
● 「焦りの思考」を捨てれば、創造的な判断が生まれる
- 忙しい状況でも、雑念を手放せば思考は自然に明晰になり、本質が見える。
→ 情報過多の時代、心を「整える」より「濁らせないこと」が重要。
● 問題の“解決”ではなく、“原因除去”が鍵
- 苦しみやストレスの解消は「楽しいことを足す」よりも、
原因となるストレス源や不整合を削る方が効果的。
● 組織も「乱すものを除けば整う」
- 人間関係の摩擦や疲弊した文化に悩む時、無理に制度を整えるより、
悪習・不信・過剰な負担を減らすことが、自然な健全化を導く。
8. ビジネス用の心得タイトル
「整えるより、濁さぬこと──“清も楽も自然に宿る”」
この章句は、心の調和・喜び・安らぎといった本質的な価値は、
求めて得るものではなく、取り除いて残るものであるという、
現代にも通じる深い心理洞察を含んでいます。
コメント