優れた人は、その才を誇らず、むしろ愚かに見せて身を守る。
清廉でありながらも、あえて世俗の中に身を置き、表向きは身を屈していても、
それは将来、大きく飛躍するための知恵ある選択である。
こうした生き方は、変化の激しい世の中を渡るための浮き袋のようなものであり、
また、危機をしのぐための**安全な逃げ道(三つの穴)**にもなる。
目立たぬ知恵、耐える力、控えめな強さ。
それらこそが、真に強く、長く生き抜くための資質なのである。
原文(ふりがな付き)
巧(こう)を拙(せつ)に蔵(かく)し、晦(くら)きを用(もち)いて而(しか)も明(あき)らかにし、清(せい)を濁(だく)に寓(ぐう)し、屈(くつ)を以(もっ)て伸(しん)と為(な)す。真(まこと)に世(よ)を渉(わた)るの一壺(いっこ)にして、身(み)を蔵(かく)するの三窟(さんくつ)なり。
注釈
- 巧を拙に蔵し:高い能力をあえて愚かに見せることで、傲らず、身を守る術。『老子』にも「大巧は拙なるが若し」(第45章)とある。
- 晦を用いて而も明にす:表面的には目立たなくとも、内には明晰な智慧を宿している。
- 清を濁に寓す:清廉な心を持ちながらも、濁った世俗に適応して生きること。
- 屈を以て伸と為す:一時的に身を屈しても、それは後の飛躍のため。吉田松陰の父の言葉「一時の屈は萬世の伸なり」に通じる。
- 一壺(いっこ):中流で舟を失ったとき、一つの壺が命を救うという『鶡冠子』の教え。控えめな知恵は、生き延びるための道具となる。
- 三窟(さんくつ):『戦国策』より、賢い兎は三つの穴を持ち、身を守る。生存戦略の象徴。
パーマリンク(英語スラッグ)
hide-strength-save-self
(力を隠して身を守る)wisdom-in-disguise
(隠れた賢さ)yield-to-rise
(屈して伸びる)
この条文は、華やかさや競争が尊ばれる現代社会において、「あえて隠す」ことの強さと美学を教えてくれます。
本当に優れた人物は、目立たず、誇らず、慎ましくあれど、決して鈍くはない。
それは、嵐の中でも沈まない舟のような、静かな生存の智慧です。
1. 原文
藏巧於拙、用晦而明、寓清於濁、以屈爲伸。
眞涉世之一壺、藏身之三窟也。
2. 書き下し文
巧を拙に蔵し、晦を用いて而も明にし、清を濁に寓し、屈を以って伸と為す。
真に世を渉るの一壺にして、身を蔵するの三窟なり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 巧を拙に蔵し
→ 才能や器用さをあえて拙(つたな)さに隠すこと。 - 晦を用いて而も明にし
→ わざと目立たないようにして、かえって明晰さや本質を際立たせること。 - 清を濁に寓し
→ 清らかさや高潔さを、あえて世俗の中に紛れ込ませること。 - 屈を以って伸と為す
→ 一時的に身を引いて、将来の飛躍につなげること(いわゆる“屈して伸ぶ”)。 - 真に世を渉るの一壺にして、身を蔵するの三窟なり。
→ これはまさに、世の中を渡るための一つの秘訣であり、身を守るための三つの洞窟のような知恵である。
4. 用語解説
- 巧(こう):器用さ、才知、能力。
- 拙(せつ):不器用・無能に見えること。
- 晦(かい):隠すこと、表に出さないこと。
- 寓(ぐう)す:〜に託す、〜に含ませる。
- 屈(くつ):抑える、へりくだる、退くこと。
- 伸(しん):のびる、発展する、前に出ること。
- 一壺(いっこ):携帯用の壺。転じて“生きるための秘訣”の象徴。
- 三窟(さんくつ):キツネが身を守るために掘る三つの穴=「三つの隠れ場所」。危機を回避するための備えの喩え。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
本当の才能は、拙く見える中に隠し、
真の明るさは、あえて目立たない姿勢の中にあり、
清らかさは濁りの中に託し、
屈することでこそ、将来の伸びしろとなる。
これこそが、世の中を生き抜くための知恵であり、身を守るための備えなのだ。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「陰に徹する処世術」**を説いた、極めて含蓄深い人生哲学です。
- 表に出すよりも、隠す力、控える姿勢の価値。
- 才能を誇るのではなく、拙く見せることで敵意を避け、機をうかがう。
- 潔癖すぎず、時に俗に交わりつつも、内には清さを保つ。
- 今は譲っても、将来のために力を蓄える“屈して伸ぶ”の発想。
それらを一つの壺にまとめ、身を守る三つの洞窟(巧・清・屈)として語っており、リスク回避と成長の両立を図る処世の知恵です。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
● 「自己主張は控えめに、“実力は見せずに示す”」
有能であっても、それをひけらかさず、“あえて拙く振る舞う”ことで周囲の警戒を避け、協調を得る。
結果で証明するタイプのリーダーシップは、真の信頼を生む。
● 「表立つより、黒子に徹する知恵」
プロジェクトや交渉の中で、あえて前に出ず裏で支える──
その“晦の明”が、組織全体を調和させる要となる。
● 「完璧主義より、柔軟な現実対応を」
自分の理想や清さを押し付けすぎず、濁りの中でも清を失わずにいられる柔軟さが、実践的な人格力となる。
● 「一時の屈辱や沈黙を、“成長の助走”と捉える」
昇進を逃す、意見が通らない──そんな時も、腐らず耐えれば次に備える“伸びしろ”になる。
“屈して伸ぶ”という視点は、ビジネスキャリアにおいて極めて重要。
8. ビジネス用の心得タイトル
「隠すは力、屈するは伸び──沈潜の知恵が真の成長を導く」
この章句は、派手な成功を追いがちな現代に対して、**“表に出ない強さ”“控えの中にある知恵”**という対極の価値を教えてくれます。
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