人が逆境――つまり困難で思い通りにならない状況にあるとき、
その身にふりかかるものはすべて、まるで鍼(はり)や薬のように作用し、
心を鍛え、行いを磨き、節操を強くしてくれる。
しかし、当の本人は、その“ありがたさ”にほとんど気づかない。
ただ苦しいだけに感じるのが常である。
一方で、順境――つまり何もかもがうまくいっているときには、
目の前にあるものすべてが、実は刃物のように心身をむしばみ、
知らぬ間に人間を弱らせ、だらけさせ、信念を溶かしてしまう。
けれども、人はその危険にもまた気づかない。
逆境は薬、順境は毒――それが真実であるにもかかわらず。
だからこそ、苦しいときこそ自らを磨く時と心得て感謝し、
順調なときほど、気を引き締め、慎重に生きるべきなのだ。
原文とふりがな付き引用
逆境(ぎゃっきょう)の中(なか)に居(お)らば、周身(しゅうしん)、皆(みな)鍼砭(しんべん)薬石(やくせき)にして、
節(せつ)を砥(と)ぎ、行(こう)を礪(れい)きて、而(しか)も覚(さと)らず。
順境(じゅんきょう)の内(うち)に処(しょ)らば、満前(まんぜん)、尽(ことごと)く兵刃戈矛(へいじんかぼう)にして、
膏(こう)を銷(しょう)し、骨(ほね)を靡(なび)して、而も知らず。
注釈(簡潔に)
- 逆境(ぎゃっきょう):困難な状況。苦しみや障害に満ちた状態。
- 鍼砭薬石(しんべんやくせき):鍼治療や薬のように、心身を正しく整える存在。
- 砥ぐ・礪く(とぐ・みがく):磨く。精神や行動を洗練すること。
- 順境(じゅんきょう):順調に物事が進み、安楽である状態。
- 兵刃戈矛(へいじんかぼう):刀剣、武器。ここでは害をもたらす象徴。
- 膏(こう)を銷す・骨を靡す:肉体や骨格すら削られていく=本質を損なうたとえ。
パーマリンク案(英語スラッグ)
adversity-polishes-prosperity-erodes
「逆境は磨き、順境は蝕む」という本条の核心をそのまま表したスラッグです。
その他の案:
- hardship-is-healing
- beware-ease-trust-struggle
- growth-through-trial
この章は、まさに**「ありがたさに気づくのは、すべてを失ったあと」**という、
人生の逆説的な真理を鮮やかに突いています。
逆境は苦しい。しかし、そこに身を置くことでしか得られない磨きがあり、
順境は楽しい。しかし、そこに油断と堕落の罠が潜んでいる。
この言葉を忘れずに持ち歩けば、人生のどんな場面でも、
**「今、この瞬間が自分を鍛えている」**という前向きな心を保てるはずです。
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