天の働き(運命のからくり)は人智では測れない。
持ち上げたかと思えば抑えつけ、伸ばしたかと思えば再び抑える——
その不可思議な流れは、英雄すら翻弄し、豪傑をも打ち倒す。
だが、真に志ある君子は、たとえ逆境に遭っても、それを運命の悪戯とは思わず、
「これは自分を試すための試練である」と受けとめ、前向きにそれを順境として受け入れる。
また、平穏無事なときにも、常に「もしもの備え」を忘れず、心の準備を怠らない。
こうした姿勢をもつ者には、もはや天でさえ揺さぶる術を失ってしまう。
運命の波に抗うのではなく、それを力に変える心が、真に強い人をつくる。
原文とふりがな付き引用
天(てん)の機緘(きかん)は測(はか)られず。抑(おさ)えて伸(の)べ、伸(の)べて抑(おさ)う。皆(みな)是(こ)れ英雄(えいゆう)を播弄(はんろう)し、豪傑(ごうけつ)を顚倒(てんとう)するの処(ところ)なり。
君子(くんし)は只(ただ)だ是(こ)れ逆(ぎゃく)に来(き)たらば順(じゅん)に受(う)け、安(やす)きに居(お)りて危(あや)うきを思(おも)う。天(てん)も亦(また)其(そ)の伎倆(ぎりょう)を用(もち)うる所(ところ)無し。
注釈(簡潔に)
- 機緘(きかん):仕掛け、変化。ここでは「天(自然・運命)の働き」のこと。
- 播弄(はんろう):翻弄する。あやつるように振り回す。
- 順に受ける:逆境をあえて順境として受け止めること。柔軟で前向きな姿勢。
- 居安思危(きょあんしき):安らかな時にも常に危機を想定し備えること。
- 伎倆(ぎりょう):技・手段。ここでは「天の手段」の意。
1. 原文
天之機緘不測。抑而伸、伸而抑。皆是播弄英雄、顛倒豪傑處。君子只是逆來順受、居安思危。天亦無用其伎倆矣。
2. 書き下し文
天の機緘(きかん)は測(はか)られず。抑(おさ)えて伸(の)べ、伸べて抑う。皆これ英雄を播弄(はくろう)し、豪傑を顚倒(てんとう)する処(ところ)なり。
君子は只(ただ)是(これ)逆(ぎゃく)に来(きた)らば順(したが)い受け、安(やす)きに居(お)りて危(あやう)きを思う。天も亦(また)其の伎倆(ぎりょう)を用(もち)うる所無し。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳す)
- 天之機緘不測。抑而伸、伸而抑。
→ 天の働き(運命の理)は秘密で人間には計り知れず、時に抑えつけては持ち上げ、持ち上げてはまた抑えるものだ。 - 皆是播弄英雄、顛倒豪傑處。
→ それは皆、英雄や豪傑を翻弄し、優れた人物ですら思わぬ形で栄枯盛衰に晒す場面である。 - 君子只是逆來順受、居安思危。
→ 君子(立派な人)はただ、逆境が来ればこれを素直に受け入れ、平穏な時にも常に危機を思って備える。 - 天亦無用其伎倆矣。
→ そうすれば、天(運命)もその手段(伎倆)を使ってその人を試すことができなくなる。
4. 用語解説
- 天之機緘(てんのきかん):天のはたらき・運命のメカニズム。緘=封じて秘密とすること。
- 抑而伸、伸而抑:抑えて持ち上げ、持ち上げてはまた抑える。運命の浮き沈み。
- 播弄(はくろう):もてあそぶ、翻弄する。
- 顚倒(てんとう):ひっくり返す、逆転させる。
- 逆來順受(ぎゃくらいじゅんじゅ):「逆らわずに従って受け入れる」=柔らかく運命に適応する姿勢。
- 居安思危(きょあんしき):平穏な時にも常に危機を予測し、備える姿勢。
- 伎倆(ぎりょう):技術や手段。ここでは天のなす手立て・試練の比喩。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
天(自然や運命)のはたらきは、封じられていて人の目には計り知れない。
成功の後には抑圧があり、失敗のあとに栄光がくる。これは英雄や豪傑ですら運命に振り回されてしまう所以である。
だが君子は、逆境が来ればそれに逆らわず受け入れ、平穏な時にも常に危険を思い備える。
そうした心構えがあれば、天ももはや試練の手段を使うことはできない。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、「運命の不確かさと、それに対する心構えの知恵」を説いています。
- 世の中は、計画通りにはいかない。成功と失敗、浮き沈みは絶え間なくやってくる。
- どんなに優れた人物であっても、運命には翻弄される。
- しかし、謙虚に受け入れ、用心深く備える者は、運命に動じない。
つまり、「驕らず、逆らわず、備えを忘れず」という姿勢こそが、天命に翻弄されない“静かなる強さ”であると教えています。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
▪ 成功しても「慢心せず、次を読む」
事業が伸びている時ほどリスクが潜む。天の「伸而抑」はいつ来るかわからない。
「居安思危」=リスクマネジメントの本質。
▪ 想定外の事態にも「逆來順受」で柔軟に対応
想定外の逆風やトラブルにも、抗うよりまず受け入れ、そこから「どう対処するか」に切り替えることが、組織やリーダーの器量を示す。
▪ 優秀さにこだわるほど「試練は強くなる」
実力者ほど、天は試してくる。だからこそ、謙虚さを忘れず「試される前に備える姿勢」が必要。
成功者ほど、“打たれ強さ”ではなく“打たれにくさ”を身につけるべき。
8. ビジネス用の心得タイトル
「備えある者は天に試されず──浮き沈みに動じぬ心が、真の強さを生む」
この章句は、運命や環境の不確かさに対する最良の戦略は、「逆境に逆らわず、順境に油断せず」という内面的な柔軟性と先見性にあると教えています。
現代のリーダーや意思決定者にも必須の教訓といえるでしょう。
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