欲や利益を求める心があるからといって、
それだけですべてが台無しになるとは限らない。
また、美しい音楽や魅力的な異性を求める心も、
必ずしも道(正しい生き方)を妨げるものではない。
しかし、自分の意見が常に正しいと思い込み、
他の考えを受け入れず、自説に固執する独善の心は――
まさに自らの精神をむしばむ「害虫」となる。
さらには、知っているふりをする中途半端な聡明さは、
道を求めるうえで最大の「垣根」となる。
本当の賢さとは、自分の無知を知り、他者に学び、
心を柔らかく保つことにある。
「利欲(りよく)は未(いま)だ尽(ことごと)くは心(こころ)を害(がい)せず、
意見(いけん)は乃(すなわ)ち心を害するの賊(ぞく)なり。
声色(せいしょく)は未だ必ずしも道(みち)を障(さまた)げず、
聡明(そうめい)は乃ち道を障ぐるの藩屛(はんぺい)なり。」
注釈:
- 利欲(りよく)…利益を求める欲望。人間の自然な感情として否定されていない。
- 意見(いけん)…ここでは“我見”を意味し、自分の偏った思い込みや信念のこと。
- 賊(ぞく)…害虫のように内側から害をもたらすもの。
- 声色(せいしょく)…美しい音楽や異性など感覚的な快楽。必ずしも修行や成長を妨げるとは限らない。
- 藩屛(はんぺい)…垣根、障壁。ここでは、自己満足的な知性が成長を阻む障害であることを表している。
1. 原文
利欲未盡害心、意見乃心之賊。
聲色未必障道、聰明乃障道之藩屛。
2. 書き下し文
利欲は未だ尽く心を害せず、意見は乃ち心を害するの賊なり。
声色は未だ必ずしも道を障げず、聡明は乃ち道を障ぐるの藩屛なり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「利欲は未だ尽く心を害せず」
→ 利益や欲望が心を完全に損なうとは限らない。 - 「意見は乃ち心を害するの賊なり」
→ 固定的な主観や偏見こそが、心を損なう真の“賊(敵)”である。 - 「声色は未だ必ずしも道を障げず」
→ 音楽や美しいもの(感覚的な快楽)が、必ずしも修行や道を妨げるとは限らない。 - 「聡明は乃ち道を障ぐるの藩屛なり」
→ かえって聡明さ(頭の良さ)が、道を妨げる“壁”になることがある。
4. 用語解説
- 利欲(りよく):財産・地位・名誉などへの欲望。自己の利益を求める心。
- 意見(いけん):ここでは「固定観念」「自分中心の判断」「偏った思考」などを指す。
- 賊(ぞく):心を害する“敵”や“破壊者”の比喩。
- 声色(せいしょく):音楽や美しい姿・色。一般的には五感を楽しませるもの=感覚的快楽。
- 道(どう):真理・修行・人格の完成を目指す“道”。
- 聡明(そうめい):賢さ、鋭敏な知性。
- 藩屛(はんぺい):防御のための囲いや壁。ここでは“障害物”や“壁”の比喩。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
利欲は、それ自体が必ずしも心を損なうとは限らないが、偏った主観や固定観念(意見)は、心を乱す真の敵である。
また、感覚的な快楽(音や美しいもの)は必ずしも人としての道を妨げるわけではないが、賢さや聡明さは、かえって道を妨げる壁となることがある。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、私たちが一般に「害悪」と思っているもの(利欲・快楽)よりも、むしろ“自分の中の賢さ・正しさ”こそが、真の障害になることがあるという逆説を語っています。
つまり、外的な誘惑や欲望は、ある程度コントロールが可能ですが、「自分は正しい」「自分は賢い」という思い込みこそが、人間の精神的成長を最も妨げる壁になり得るのです。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
● 利益追求が悪ではない、本当の問題は「思い込み」
ビジネスでの利益や成功は不可欠ですが、それが即「悪」になるわけではありません。
**問題は、自分の視点が絶対正しいと固執する“意見の賊”**です。これが対立や混乱、イノベーションの停滞を招きます。
● 快適さや娯楽は必ずしも堕落に繋がらない
仕事中の音楽、綺麗な空間、エンタメ要素のあるイベントなど、**「声色」はモチベーションや創造性を高める助けになることもあります。**禁欲一辺倒が必ずしも道を拓くわけではないのです。
● 「聡明さ」の落とし穴
頭の良さ、分析力、理屈──それらが強すぎると、人間的な直感、謙虚さ、柔軟さが失われます。
聡明さに溺れることで、本来の道(判断・成長・協調)を見失う危険性があります。
8. ビジネス用の心得タイトル
「利欲より怖い“賢さの罠”──思い込みが道を塞ぐ」
この章句は、私たちが信じて疑わない「正しさ」や「頭の良さ」こそが、最も根深い障害になりうるという深い警告です。
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