たとえ高い地位や権力の座にあったとしても、
心の奥には山林に隠棲するような静かで慎ましい趣を持っていたい。
そうでなければ、地位にしがみつくような醜さや、判断を誤る危うさを招く。
また反対に、自然に囲まれた田舎でのんびり暮らしていたとしても、
天下国家の営みや世の中の課題に関心を持ち続けたい。
そうでなければ、ただの隠遁者となり、社会性を失った人間になってしまう。
地位や立場にかかわらず、いつでも「広く深く、確かな視野」を持ち、
自己の本質に忠実に生きることこそが、真に自由な生である。
「軒冕(けんべん)の中(うち)に居(お)りては、山林(さんりん)の気味(きみ)無(な)かるべからず。
林泉(りんせん)の下(もと)に処(お)りては、須(すべか)らく廊廟(ろうびょう)の経綸(けいりん)を懐(いだ)くを要(よう)すべし。」
注釈:
- 軒冕(けんべん)…高位高官の象徴。「軒」は貴人の乗り物、「冕」は大夫以上の冠。地位ある者の立場。
- 山林の気味(さんりんのきみ)…山林にこもるような、世俗から離れた趣。控えめで澄んだ心。
- 林泉(りんせん)…自然の中の隠遁生活。俗世を離れた環境。
- 廊廟の経綸(ろうびょうのけいりん)…朝廷の中枢で国家を治めること。社会への広い視点と関心
1. 原文:
居軒冕之中、不可無山林氣味。
處林泉之下、須懷廊廟經綸。
2. 書き下し文:
軒冕(けんべん)の中に居りては、山林の気味(きみ)無かるべからず。
林泉(りんせん)の下に処(お)りては、須(すべか)らく廊廟(ろうびょう)の経綸(けいりん)を懐くを要すべし。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ):
- 「軒冕の中に居りては、山林の気味無かるべからず」
→ 高位高官の身にあっても、自然や閑寂の趣を忘れてはならない。 - 「林泉の下に処りては、廊廟の経綸を懐くを要すべし」
→ 隠棲して自然の中に暮らしていても、国家や社会を治める理想を心に抱いているべきである。
4. 用語解説:
- 軒冕(けんべん):車(軒)と冠(冕)。高位高官・朝廷・栄達を象徴する語。
- 山林の気味(きみ):自然や閑寂、清らかで素朴な情趣。世俗を離れた心。
- 林泉(りんせん):山林・泉水、すなわち隠棲生活。
- 廊廟(ろうびょう):朝廷・政庁。国家中枢の場。
- 経綸(けいりん):国家や社会を治めるための方略・知恵・経営の意。
5. 全体の現代語訳(まとめ):
高い地位や権力の場に身を置いているとしても、
自然を愛し、閑寂を味わうような心の余裕は忘れてはならない。
一方で、静かな自然の中で隠棲しているとしても、
社会や国家のために尽くす気概や知恵を胸に抱いているべきである。
6. 解釈と現代的意義:
この章句は、「内面的なバランスと視野の広さ」を保つことの重要性を説いています。
- 権力の場にあっても、自然の清らかさを心に持て:
実務に追われる中でも、人としての余裕・感性・清らかさを保つことが、徳のあるリーダーに不可欠。 - 引退・隠棲しても、社会への関心と責任を忘れるな:
たとえ表舞台から退いても、世の中の動きに関心を持ち、貢献への志を持ち続けることが理想。
■このように、外的な環境に左右されず、**「内面的な調和と志の両立」**を持つことが、真に成熟した人物の証とされます。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き):
- 「地位が上がるほど、“余裕”と“静けさ”を内に持て」
経営層や管理職は、プレッシャーや実務に追われがちだが、山林の気味──すなわち余裕・美意識・感性を忘れてはならない。 - 「引退後・離職後も“社会との接点”を持ち続けよ」
表舞台を退いた後も、後進育成や知見の提供を通じて社会に貢献できる。心の中に「廊廟の経綸」を持ち続けることが、真のリーダーの姿。 - 「環境によって心を変えない」
役職や職場環境が変わっても、心の中に“自然”と“社会への責任”の両方を併せ持つことが、人間としての完成につながる。
8. ビジネス用の心得タイトル:
「高きに在っては清を忘れず、退いても志を捨てず──真の成熟は心の両立にあり」
この章句は、どのような環境や立場であっても、「自然の清らかさ」と「社会への責任」を両立することが、人間の理想像であると教えています。
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