お腹が満ちたあとで食事を振り返れば、味の良し悪しの違いなど、どうでもよく思えてくる。
情欲を満たした直後には、かつての激しい欲望もすっかり薄れ、無意味に思えてくる。
このように、人は「何かを終えたあと」にようやく冷静になり、本質を見極めるものだ。
だからこそ、行動する前に「それが終わったあとの自分の気持ち」を先に想像しておくことで、
愚かな迷いや衝動に流されず、本心が安定し、正しい選択ができるようになる。
悔やむ前に、悔やんだ後の自分を想像する――それが誤りを避ける最良の方法である。
「飽後(ほうご)に味(あじ)を思(おも)えば、則(すなわ)ち濃淡(のうたん)の境(きょう)都(すべ)て消(き)え、
色後(しょくご)に婬(いん)を思えば、則ち男女(だんじょ)の見(けん)尽(ことごと)く絶(た)ゆ。
故(ゆえ)に人(ひと)常(つね)に事後(じご)の悔悟(かいご)を以(もっ)て、
事(こと)に臨(のぞ)むの痴迷(ちめい)を破(やぶ)らば、則ち性(せい)定(さだ)まりて動(うご)くこと正(ただ)しからざるは無し。」
注釈:
- 濃淡の境(のうたんのきょう)…味の濃さ・薄さ、うまい・まずいという区別。
- 色後(しょくご)…情欲を満たした直後の状態。
- 男女の見(だんじょのけん)…男女が互いに求め合う心や欲望。
- 悔悟(かいご)…後悔して目が覚めること。やってしまったあとの虚しさ。
- 痴迷(ちめい)…愚かで迷った心。衝動や本能に流される状態。
1. 原文:
飽後思味,則濃淡之境都消;色後思婬,則男女之見盡絕。
故人常以事後之悔悟,破臨事之痴迷,則性定而動無不正。
2. 書き下し文:
飽(あ)くこと後に味を思えば、則ち濃淡の境(さかい)都(すべ)て消え、
色を得たる後に婬(いん)を思えば、則ち男女の見(けん)尽く絶ゆ。
故に人、常に事後の悔悟をもって、事に臨むの痴迷を破らば、
則ち性(せい)定まりて、動くこと正しからざるは無し。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ):
- 「飽後に味を思えば、則ち濃淡の境都て消え」
→ 満腹になってから食べ物の味を思い返すと、濃い味も薄い味も、その違いはどうでもよくなってしまう。 - 「色後に婬を思えば、則ち男女の見尽く絶ゆ」
→ 性的な欲を満たした後でその欲を振り返ると、異性への執着や魅力も薄れてしまう。 - 「故に人常に事後の悔悟を以て、事に臨むの痴迷を破らば」
→ だから人は、物事が終わった後に感じる後悔を思い起こして、
これから何かをしようとする際の愚かさ(=熱中・迷い)を打ち破るべきである。 - 「則ち性定まりて動くこと正しからざるは無し」
→ そうすれば心は落ち着き、どんな行動をとっても間違いはないだろう。
4. 用語解説:
- 濃淡の境:濃い味と淡い味の違い、強い欲望と弱い欲望の差。
- 色後(しきご):性的欲望を満たした直後の心境。
- 婬(いん):淫欲。性に関する欲望。
- 見(けん):認識・執着・注目。ここでは「異性への認識や魅力」の意。
- 悔悟(かいご):後悔し、悟ること。反省による気づき。
- 痴迷(ちめい):愚かで迷っている状態。熱中しすぎて理性を失っていること。
- 性定(せいさだ)まる:心が安定し、欲や怒りに流されない状態。
5. 全体の現代語訳(まとめ):
満腹になってから食べ物の味を思い返せば、濃い味も薄い味も、どうでもよく感じられる。
欲望を満たした後で振り返れば、異性への魅力すらも虚しいものに見える。
だから人は、物事が終わった後に感じる後悔の気持ちを先に想像して、
物事に熱中しすぎて判断を誤る愚かさを打ち破るべきである。
そうすれば心は定まり、どんな行動も自然と正しい方向に進むようになるだろう。
6. 解釈と現代的意義:
この章句は、**「欲望の渦中にいるときは判断を誤るが、終わった後の“冷静な目”で見ると本質が見える」**という心理に基づいています。
- 食欲や性欲など、人間の根源的な欲望は、満たす前と後で価値の見え方が大きく変わる。
- その変化を事前に想定し、冷静さを保つことで、衝動に流されない成熟した判断ができる。
- 「事後の後悔」を活用して「事前の理性」を保つという、高度な自己コントロールの教えです。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き):
- 「感情的な判断を避け、“終わった後の冷静な視点”を想定せよ」
怒りや衝動、欲望に駆られて下した判断は後悔につながることが多い。
そのときこそ、「終わった後、自分はどう思うか」を一度シミュレーションしてみるべき。 - 「短期的な快楽よりも、長期的な後悔回避を優先せよ」
目先の利益や快楽に飛びつかず、将来の自己評価や信頼、後悔を想像して行動することが、長期的な成功に直結する。 - 「危機の判断は、“後悔フィードバック”を内在させる」
プロジェクトの失敗、意思決定のミスなどは、過去の“終わった後の後悔”をもとにした内的ルールによって、予防できることが多い。
8. ビジネス用の心得タイトル:
「後悔の視点を先取りせよ──冷静な未来の目が、今を正しく導く」
この章句は、人間の情に流されない知恵と、自己を俯瞰する視点の大切さを、実に明快に教えてくれます。
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