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君子であっても、憎むべき者はいる――“憎しみ”の背後にある倫理

弟子の子貢(しこう)が「君子も人を憎むことがありますか」と尋ねると、孔子ははっきりと「ある」と答えた。
ただしそれは私的な感情による憎しみではなく、「徳や秩序を壊す行為」への道義的な拒絶である。

孔子が憎んだ四種の人物:

  1. 他人の悪を言いふらす者
     → 陰口・中傷をもって他人を貶める者。
  2. 部下の立場で上司を誹謗する者
     → 自らの責任を果たさずに、上に立つ人を批判するだけの者。
  3. 勇気を持ちつつ礼儀を欠く者
     → 衝動的な行動が道理や規律を乱す危険を孕む。
  4. 果敢だが理屈に通じず混乱する者
     → 勢いだけで突き進み、道理を理解せず途中で迷走する者。

そして孔子は逆に子貢にも問う。「お前にも憎む者がいるか?」

子貢は、自らが憎む者として以下を挙げる:

  1. 他人の意見を盗んで自分のものとする者(徼えて知と為す)
  2. 傲慢さを“勇気”と誤解している者
  3. 他人の秘密を暴き、それを“正直”と履き違える者

これらの回答からは、君子とは“何を嫌うか”によっても、その人物像が浮かび上がることがわかる。
憎しみはただの感情ではなく、人格や道徳を守るための境界線として存在している。


子貢(しこう)曰(い)わく、君子(くんし)も亦(また)悪(にく)むこと有(あ)るか。
子(し)曰(のたま)わく、有り。
人の悪を称(しょう)する者を悪む。
下流(かりゅう)に居(お)りて上(かみ)を訕(そし)る者を悪む。
勇にして礼無(な)き者を悪む。
果敢にして窒(ちつ)する者を悪む。
曰く、賜(し)や、亦た悪むこと有るかな。
徼(ぎょう)えて以(もっ)て知(ち)と為(な)す者を悪む。
不孫(ふそん)にして以て勇と為す者を悪む。
訐(けつ)きて以て直(ちょく)と為す者を悪む。

現代語訳:
子貢が「君子にも人を憎むことがありますか」と尋ねると、孔子は「ある」と答えた。
「人の悪を言いふらす者、目下でありながら上を批判する者、礼を欠いた勇者、考えずに行動して迷走する者――こうした人間は憎む」。
さらに子貢も「人の意見を盗んで知者ぶる者、傲慢を勇気と履き違える者、他人の秘密を暴いて正直だと勘違いする者を私は憎みます」と述べた。


注釈:

  • 称人之悪(しょうじんのあく):他人の悪口や欠点を言い広めること。
  • 訕上(そしる):上に立つ人を軽々しく誹謗する。
  • 窒(ちつ):道理を理解せずに行き詰まること。
  • 徼(ぎょう):他人の意見や知識を盗み、それを自分の知と見せかけること。
  • 不孫(ふそん):謙虚さを欠き、他人に対して高慢にふるまうこと。
  • 訐(けつ):他人の秘密や弱みを暴く行為。

原文:

子貢曰、君子亦有惡乎。
子曰、有惡。惡稱人之惡者。惡居下流而訕上者。惡勇而無禮者。惡果敢而窒者。
曰、賜也亦有惡乎。惡徼以爲知者。惡不孫以爲勇者。惡訐以爲直者。


書き下し文:

子貢(しこう)曰(い)わく、「君子(くんし)も亦(また)悪(にく)むこと有(あ)るか。」
子(し)曰(い)わく、「悪むこと有り。
人の悪を称(とな)うる者を悪む。
下流(かりゅう)に居(お)りて上(かみ)を訕(そし)る者を悪む。
勇(ゆう)にして礼(れい)無(な)き者を悪む。
果敢(かかん)にして窒(ふさ)がる者を悪む。」

曰く、「賜(し)や、亦た悪むこと有るか。」
(孔子)曰く、「徼(こ)うて以(もっ)て知(ち)と為(な)す者を悪む。
不孫(ふそん)にして以て勇と為す者を悪む。
訐(あば)きて以て直(ちょく)と為す者を悪む。」


現代語訳(逐語/一文ずつ訳):

  1. 子貢が尋ねた:「君子にも、嫌悪することがあるのでしょうか?」
  2. 孔子は答えた:「ある。
     他人の欠点や悪事ばかりを言いふらす者を嫌う。
     身分が低いのに上の者を陰で悪く言う者を嫌う。
     勇気があっても礼儀を欠く者を嫌う。
     決断力はあるが頑固で融通の利かない者を嫌う。」
  3. 子貢が再び問うた:「では、私(賜)にも嫌悪することがありますか?」
  4. 孔子は答えた:
     「知ったかぶりをして知者ぶる者を嫌う。
     礼儀を欠いた尊大な態度を“勇気”だと勘違いする者を嫌う。
     他人を暴き立てて、それを“正直さ”だと誤認する者を嫌う。」

用語解説:

  • 稱人之惡(ひとのあくをとなう):他人の欠点・過失を口にすること。中傷。
  • 居下流而訕上(かりゅうにおりてかみをそしる):地位の低い者が上位者を陰で非難すること。背信や不忠の象徴。
  • 勇而無禮(ゆうにしてれいなし):礼節を持たずに無鉄砲な行動をとること。
  • 果敢而窒(かかんにしてふさがる):勇猛果敢だが、視野が狭く、柔軟性を欠くこと。
  • 徼以為知(こいてちとす):「偶然の当たり」や浅い経験をもって“知っている”とすること。
  • 不孫(ふそん):謙虚さに欠けること。傲慢。
  • 訐(あば)く:人の悪を暴き立てる行為。

全体の現代語訳(まとめ):

子貢が「君子も嫌うことがあるのですか」と問うと、孔子は「ある」と答えた。
君子が嫌うのは:

  • 他人の悪口を言いふらす人
  • 立場が低いままで上の者を陰で批判する人
  • 勇気はあっても礼儀をわきまえない人
  • 果敢に見えて、融通が利かず頑固な人

さらに、子貢が「私自身も嫌な面がありますか」と問うと、孔子はこう指摘した:

  • 偶然の知識で賢ぶる態度
  • 無礼で傲慢なのを勇気と勘違いする態度
  • 他人の悪を暴いて正直ぶる態度

解釈と現代的意義:

この章句は、**「君子の嫌う“偽りの徳”」**を浮き彫りにしたものです。

孔子が批判しているのは:

  • 外見的な“賢さ・勇気・正直さ”の裏にある本質の欠如
  • 見せかけの行動が、実は自己満足・傲慢・破壊的批判でしかないこと
  • 本当の「知・勇・直」は、礼と謙虚さ、節度をもって表れるものである

また、弟子である子貢が自らを顧みる姿勢に対し、孔子が具体的な改善点を挙げる姿勢は、教育者としての誠実な姿勢を示しています。


ビジネスにおける解釈と適用:

「偽りの“優秀さ”を警戒せよ」

  • 知ったかぶりの社員、尊大な部下、正論を振りかざして他人を傷つける上司など、“仮面の徳”は組織を蝕む
  • “勇気”や“正義”の名のもとに、礼節やチームの和を壊す行為は要注意。

「“人を批判する人”より、“人を支える人”を育てよ」

  • 「他人の欠点ばかり口にする人」は、信頼を築けない。
  • 批判よりも建設的な関わり方を重視する文化が必要。

「リーダーは“真の徳”で人を導く」

  • リーダーには、**知性・勇気・誠実さに加えて“礼儀と謙虚さ”**が不可欠。
  • 人を“活かす勇気”と“支える正直さ”を育てることが、持続的な信頼と成果につながる。

ビジネス用心得タイトル:

「仮面の徳を捨てよ──真の知・勇・直は礼と謙虚さに宿る」


この章句は、「徳ある人物とは何か」「リーダーシップとは何か」を再考させる名言です。
組織マネジメント、人材育成、企業倫理研修などに応用することで、“本質的な人物評価・育成”の土台
を築くことができます。


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