弟子の子路(しろ)が「君子は“勇”を尊ぶのでしょうか」とたずねたとき、孔子は明確にこう答えた。
**「勇よりも“義(ぎ)”が上だ」**と。
孔子は、「勇」は確かに大切な徳であるが、それが「義」と結びつかなければ害をもたらすと説く。
- 地位のある者(君子)が勇だけを持ち、義を欠けば、乱を引き起こす
→ つまり、責任ある立場にいる者が正義を欠いたまま突き進めば、社会秩序すら壊す危険がある。 - 地位のない者(小人)が勇だけを持ち、義を欠けば、盗人になる
→ 身分のない者が義なき勇をふるえば、犯罪に走ることになる。
この言葉は、「強さ」「正義感」「行動力」など、どれも善く見える特性でも、道理と倫理(=義)に裏打ちされていなければ危ういという、孔子の深い道徳観を示している。
子路(しろ)曰(い)わく、君子(くんし)は勇(ゆう)を尚(たっと)ぶか。
子(し)曰(のたま)わく、君子は義(ぎ)を以(もっ)て上(じょう)と為(な)す。
君子、勇有(あ)りて義無(な)ければ、乱(らん)を為(な)し、
小人(しょうじん)、勇有りて義無ければ、盗(とう)を為す。
現代語訳:
子路が「君子は勇気を大切にしますか」とたずねると、孔子は言った。
「君子は何より“義”を第一とする。
君子が勇気だけを持ち、義がなければ世の乱れを招き、
小人が勇気だけを持って義を欠けば、盗みに走るのだ」と。
注釈:
- 勇(ゆう):勇気、決断力、行動力。善にも悪にもなりうる力。
- 義(ぎ):道理・倫理・正しさ。孔子にとって仁と並び最も重要な徳の一つ。
- 君子(くんし):徳を備え、社会的責任を果たす人物。
- 小人(しょうじん):身分や教養が低く、利己的な人。
- 乱(らん)を為す:政治や社会の秩序を乱す。
- 盗(とう)を為す:倫理のない行動が悪事に至ること。
原文:
子路曰、君子尚勇乎。
子曰、君子義以爲上。君子有勇而無義爲亂、小人有勇而無義爲盜。
書き下し文:
子路(しろ)曰(い)わく、「君子(くんし)は勇(ゆう)を尚(たっと)ぶか」。
子(し)曰(い)わく、「君子は義(ぎ)を以(もっ)て上(じょう)と為(な)す。
君子、勇ありて義なければ乱(らん)を為(な)し、小人(しょうじん)、勇ありて義なければ盗(とう)を為す」。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳):
- 子路が尋ねた:「君子とは、勇気を最も重んじるのですか?」
- 孔子は答えた:「君子は“義(正しいこと)”を最も重んじる。
君子が勇気を持っていても、義がなければ反乱を起こす。
小人が勇気を持っていても、義がなければ盗みを働く。」
用語解説:
- 子路(しろ):孔子の高弟。剛直で勇敢な性格が特徴で、勇を尊ぶ傾向が強かった。
- 尚勇(しょうゆう):「勇を尚ぶ」=勇気を高く評価すること。
- 義(ぎ):道徳的な正しさ、倫理的基準。儒教で「仁」と並んで重要な徳目。
- 勇(ゆう):勇気・決断力・果断な行動力。
- 乱(らん):秩序を乱す行為。ここでは社会や国家への反乱や騒乱のこと。
- 盗(とう):盗み、窃盗などの犯罪行為。
- 君子(くんし):徳と品格を備えた理想的人間。
- 小人(しょうじん):徳を欠き、自己中心的な小人物。
全体の現代語訳(まとめ):
子路が質問した:
「君子というのは、やはり“勇気”を大切にするものですか?」
孔子は答えた:
「君子は、まず“義=正しさ”を最も大切にする。
君子でも、勇気だけがあって正義がなければ、秩序を乱す存在になってしまう。
まして小人が勇気だけ持っていても、正義がなければ盗みや悪事を働くことになる。」
解釈と現代的意義:
この章句は、**「勇気は重要だが、正義や道徳(義)に裏打ちされなければ危険なものになる」**という孔子の根本的な価値観を示しています。
- 子路のように勇気を尊ぶ人物に対して、孔子はその“方向づけ”の重要性を説いています。
- 勇気というエネルギーは、義(正義・倫理)というコンパスを失えば、暴走する危険がある。
- 特にリーダーや影響力のある人間ほど、その力が「義」によって制御される必要がある。
ビジネスにおける解釈と適用:
「行動力は“倫理の軸”によって価値を持つ」
- 勇気・突破力・行動力のある社員が重宝されるが、それが正義や使命に基づいていなければ危うい。
- 「成果のためなら手段を問わない」は、組織のモラル崩壊につながる。
「リーダーに必要なのは“正義ある勇気”」
- リーダーには決断力と行動力が求められるが、それだけでは不十分。
- 真のリーダーは、組織の理念・倫理・社会的責任に照らして行動する。
「義なき勇は破壊、義ある勇は創造」
- 義なき勇:組織内の暴走者、独善的な判断、チーム破壊
- 義ある勇:改革者、信頼されるリーダー、持続可能な成果の創出
ビジネス用心得タイトル:
「義なき勇は災い──“正しさ”が行動力を価値に変える」
この章句は、特にリーダーシップ・企業倫理・人材育成の観点で現代にも強い示唆を与えます。
「行動する力」を尊びつつ、それを“正義・倫理”という軸で方向づけることの大切さを学べる内容です。
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