ある日、魯(ろ)の人・孺悲(じゅひ)が孔子に面会を求めたが、孔子は病を理由にこれを断った。
しかし、そのすぐあとで孔子は瑟(しつ:弦楽器)を奏で、歌を歌っている――
つまり、病気というのは表向きの理由であり、実際には意図的に会わなかったことを示している。
この行動には、**なぜ自分が断られたのか、自ら振り返って考えさせるための“無言の教え”**が込められていた。
孔子は、ただ拒絶するのではなく、気づかせるための態度を選んだのである。
人には「会ってはならない時」「会うことで徳が損なわれる場面」もある。
その場での言葉よりも、態度や沈黙によって教えることもできる。
孔子の行動は、「断ること」そのものにも教養と礼節、そして教育的配慮が込められていることを示している。
孺悲(じゅひ)、孔子(こうし)に見(まみ)えんと欲(ほっ)す。孔子、辞(じ)するに疾(やまい)を以(も)ってす。
命(めい)を将(も)う者、戸(と)を出(い)づ。瑟(しつ)を取りて歌(うた)い、之(これ)をして之を聞(き)かしむ。
現代語訳:
魯の人・孺悲が孔子に会おうとしたが、孔子は病気を理由に断った。
使いの者が門の外に出たとき、孔子は瑟を弾き、歌を歌って孺悲に聞こえるようにした――つまり、病気ではないことをわざと知らせたのだった。
注釈:
- 孺悲(じゅひ):魯の士人。孔子から喪礼を学んだ経歴もある人物。理由は不明だが孔子に避けられた。
- 辞するに疾を以ってす:病気を口実に断る。
- 瑟(しつ):弦楽器。雅楽に用いられる。孔子が演奏してみせたのは、仮病であることをあえて示すため。
- 聞かしむ:相手に意図的に聞こえるようにする。無言のメッセージとしての演出。
原文:
孺悲欲見孔子、孔子辭以疾。將命者出、取瑟而歌、使之聞之。
書き下し文:
孺悲(じゅひ)、孔子(こうし)に見(まみ)えんと欲(ほっ)す。
孔子、辞(じ)するに疾(やまい)を以(もっ)てす。
命を将(も)う者、戸を出(い)づ。瑟(しつ)を取りて歌(うた)い、之(これ)をして之を聞(き)かしむ。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳):
- 孺悲(じゅひ)が孔子に会いたいと申し出た。
- 孔子は「病気です」と言ってそれを断った。
- 使者が戸口から出ると、孔子は琴(瑟)を取り、歌い始めて、それを孺悲にわざと聞かせた。
用語解説:
- 孺悲(じゅひ):春秋時代の人物。孔子が礼的・道徳的に相容れなかったと考えられている。
- 辞以疾(じしてやまいをもってす):「病気だ」と言って辞退する。表面的には体調不良を理由に会見を断る。
- 將命者(しょうめいしゃ):使者。会見の申し出を伝える役の者。
- 瑟(しつ):古代中国の弦楽器。琴に似た楽器で、礼楽教育の重要な道具。
- 之をして之を聞かしむ:意図的に音楽を聞かせる。実際は「病ではない」ことを暗に示す行為。
全体の現代語訳(まとめ):
孺悲という人物が孔子に会いたいと申し出たが、孔子は「病気なので会えない」と言って断った。
使者が門を出た後、孔子はわざと琴を取り、歌いながら演奏し、その音を使者に聞かせて孺悲に伝わるようにした。
つまり、「病気というのは口実であり、会いたくないという意志表示である」ことを婉曲に伝えたのである。
解釈と現代的意義:
この章句は、礼を重んじつつ、非礼や不徳の相手を遠ざける孔子の知恵を示しています。
- 孔子は、直接的に拒絶するのではなく、礼節を保ちつつ拒絶の意を明確にした。
- 表向きは柔らかいが、態度としてははっきりと「関わるに値しない」と判断している。
- 真意を伝える手段として、“行動で語る”という儒家的な慎みと知恵が見て取れます。
ビジネスにおける解釈と適用:
「断るにも“品格ある表現”を」
- 明確な拒否が角を立てる場面では、態度や間接的表現を使うことで、礼を失わずに意志を示すことができる。
- 例:リスクある取引や、相容れない提携依頼への対応など。
「礼節と意思表示のバランス」
- 礼儀を守ることと、主張をはっきり示すことは両立する。
- “丁寧すぎて何も伝わらない”のではなく、含意をもって誠実に伝える。
「言葉より“行動”が真意を語る」
- 音楽を奏でて「私は元気だが、会わない」と伝えた孔子のように、言葉ではなく“やり方”で信念を示すことが信頼されるリーダーの条件。
ビジネス用心得タイトル:
「語らずして断る力──“礼と信念”を兼ね備えた態度が信頼を生む」
この章句は、礼節を持ちながらも明確なスタンスを取るリーダーの姿勢を表現しています。
ステークホルダー対応・対外交渉・危機管理などにも応用可能な考え方です。
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