知識は積み重ねるだけでは道にならない。
孔子は、自分を「博学な人」と考える弟子の子貢に対し、はっきりと否定してみせた。
「私は、多くを知っているのではない。ただ、一つの道理をもって、すべてを貫いているだけだ」と。
学びの核心は、雑多な知識ではなく、根本にある一つの原理を深く理解し、そこから物事を見通すこと。
「一以て之を貫く」——これは、孔子の学びの姿勢、そして人生のあり方そのものを表している。
知識の海に溺れるのではなく、一本の軸を持って貫く。そこに、ぶれない知恵が生まれる。
原文とふりがな
「子(し)曰(い)わく、賜(し)や、女(なんじ)は予(われ)を以(もっ)て多(おお)くを学(まな)びて之(これ)を識(し)る者(もの)と為(な)すか。対(こた)えて曰(い)わく、然(しか)り。非(あら)ざるか。曰(い)わく、非(あら)ざるなり。予(われ)は一(いつ)を以(もっ)て之(これ)を貫(つらぬ)く」
学びの本質は、**「一」**をつらぬくことにある。
注釈
- 「予」:孔子自身のこと。「われ」と読む。
- 「一以て之を貫く」:一つの原理・理念で全ての学問・実践を貫いている、という意。孔子の道(仁)が中心にある。
- 「多くを学びて之を識る」:知識を幅広く学び、それらを記憶している、という意味。
- 「非也」:そうではない、という明快な否定。知識の集積に価値を置かない孔子の哲学がにじむ。
1. 原文
子曰、賜也、女以予爲多學而識之者與。對曰、然。非與。曰、非也。予一以貫之。
2. 書き下し文
子(し)曰(いわ)く、賜(し)や、女(なんじ)は予(われ)を以(も)って多(おお)くを学びて之(これ)を識(し)る者と為(な)すか。対(こた)えて曰く、然(しか)り。非(ひ)なるか。曰く、非(ひ)なり。予(われ)は一(いつ)を以(もっ)て之(これ)を貫(つらぬ)く。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 「子曰、賜や、女は予を以て多くを学びて之を識る者と為すか」
→ 孔子は言った。「賜(子貢)よ、お前は私のことを、多くのことを学んで覚えている者だと思っているのか?」 - 「対曰、然」
→ 子貢は答えた。「その通りです」。 - 「非なるか」
→ (孔子)「違うと思うか?」 - 「曰く、非なり」
→ 「いいえ、違います」。 - 「予は一を以て之を貫く」
→ 「私は、一つの道理で全てを貫いているのだ」。
4. 用語解説
- 子(し):孔子の尊称。
- 賜(し):孔子の弟子、子貢(しこう)の名。弁舌に優れた有能な弟子として知られる。
- 女(なんじ):あなた(現代語で「お前」)。
- 多くを学びて之を識る:多くの知識を学び、それを記憶している。
- 非なるか(ひなるか):それは違うのではないか。
- 一以て之を貫く:「一つの原理で全てを貫いている」という意味。哲学的な中核となる概念。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子が子貢にこう問いかけた:
「賜(子貢)よ、お前は私のことを、多くのことを学んで、それらを記憶している者だと思っているのか?」
子貢は「はい、そう思っています」と答えた。
孔子は「そうではない」と言い、さらにこう続けた:
「私は、一つの原理で全てを貫いているのだ」。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、孔子の学びの本質観と統一的世界観を示しています。
- 子貢のような才知に優れた弟子でさえ、孔子を「多くを学ぶ博識の人」と外面的に理解していた。
- しかし孔子自身は、「多くを学ぶこと」よりも、「すべてを貫く一つの道理」が重要であると考えていた。
- この「一」とは、『仁(じん)』の思想、つまり「思いやり」や「誠実な人間関係の基本」を指すと解釈されます。
- 「多くを知ること」よりも、「何によってそれらを一貫して理解し、行動しているか」が問われているのです。
7. ビジネスにおける解釈と適用
◆ 「情報よりも“軸”が人をつくる」
現代では、知識・ノウハウ・データがあふれています。しかし、それらを寄せ集めただけでは真の実力者とは言えません。何を判断軸にして行動しているか──この“一を以て貫く”思想こそ、リーダーに求められる資質です。
◆ 「統一的価値観で意思決定せよ」
経営理念、組織のミッション、個人の信念──多様な選択肢の中でブレずに判断するには、全てに通じる「一貫した価値観」が必要です。
◆ 「断片的知識では信頼されない」
プレゼンが上手、データ分析ができる、それだけでは本当の信頼は得られません。「なぜこの選択なのか」「何を大切にしているのか」という軸がある人に、人はついてきます。
◆ 「仁の精神=ビジネスの根幹」
孔子が「一」とした思想は、おそらく「仁」──誠実さ・思いやり・信義。顧客との関係、部下との関係、社会との関係すべてに貫かれるべき軸です。
8. ビジネス用心得タイトル
「知識より“軸”、多学より“一貫”──信頼される人の本質」
この章句は、知識偏重の現代において、「なぜそれをするのか」という軸の重要性を改めて問うものです。
理念ドリブン経営や、ミッション思考型の人材育成にも応用可能な深い教訓を含んでいます。
コメント