――喪の三年間、沈黙と慎みが礼の心を育てる
弟子の**子張(しちょう)**が孔子にこう尋ねました。
「書経(しょきょう)には、殷の高宗(こうそう)が諒陰(りょういん)と称して、
三年の間、物を言わなかったとありますが、これはどういう意味なのでしょうか?」
孔子はこう答えます。
「それは高宗に限ったことではない。古代の賢君たちは皆そうであった。
君主が亡くなると、百官(すべての官僚たち)は身を慎み、三年間、政治は冢宰(ちょうさい=総理大臣)に任せ、静かに喪に服していたのだ。」
本質:
この章句は、儒教における**「礼(れい)」の精神――すなわち感情の表現を制度化する文化**を深く表しています。
- **三年の喪(も)**は親を亡くした子が行う最大の弔意であり、
君主が亡くなった際にも、国家全体がこれに準じた態度をとる。 - 特に沈黙することは、悲しみの深さと、自己抑制の徳を象徴します。
現代的にいえば、「深い喪失に対して、派手に振る舞わず、沈黙と礼節で応える」という態度の尊さが語られています。
原文とふりがな付き引用:
「子張(しちょう)曰(い)わく、
書(しょ)に云(い)う、
高宗(こうそう)は諒陰(りょういん)に、三年言(い)わず。
とは何の謂(いい)ぞや。
子(し)曰(い)わく、
何(なん)ぞ必(かなら)ずしも高宗のみならんや。
古(いにしえ)の人は皆然(しか)り。
君(きみ)薨(こう)ずれば、百官(ひゃっかん)は己(おのれ)を総(す)べ、
冢宰(ちょうさい)に聴(したが)うこと三年なり。」
注釈:
- 高宗(こうそう) … 殷王朝の名君。諡号は高宗、名は武丁。
- 諒陰(りょういん) … 喪に服している期間、またその心構え。
- 三年不言(さんねんものをいわず) … 自ら政治に口出しせず、沈黙しつつ哀しみを保つこと。
- 百官總己(ひゃっかんおのれをすべる) … 全ての官吏が自らを律し、謹んで行動すること。
- 冢宰(ちょうさい) … 天子を補佐する最上位の官職。今で言う総理大臣。
教訓:
この章句は、**「礼は感情の形式である」**という儒教の根本思想を示しています。
- 哀しみや敬意を、ただの感情に終わらせず、「形」にして示すことで、
個人としても社会としても、秩序と敬意が保たれる。 - 喪の礼は、故人を偲ぶためだけでなく、生きる者の心を整えるためでもある。
- 沈黙や慎みを大切にする社会には、人と人とのつながりと尊厳が生きているのです。
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