――無私の公正さこそ、怨みに対する君子の姿勢
ある人が孔子にこう尋ねました。
「怨みに対して“徳(とく)”をもって返すのは、どう思われますか?」
この問いは、相手の悪意や害に対しても、善意で応じるべきかという、高い倫理的ジレンマを含んでいます。
現代にも通じる「許す」「受け流す」「報復しない」といった姿勢に関する議論です。
これに対して孔子は、冷静かつ明快に答えます。
「それなら、恩に対してはどう報いるつもりか。
怨みには“直(なお)き”、つまり公平無私の正しさで返し、
恩には“徳”で返すのがよい。」
本質:
- 恩(善意)には、感謝と善意で報いるべきだ。
- 怨み(悪意)には、仕返しでも善意でもなく、“道理”と“公平さ”で対応するのが君子の道。
孔子は、「怨みにも徳を」とする老子的な無差別の愛とは一線を画し、
区別と節度を重視する現実的な倫理観を示しています。
原文とふりがな付き引用:
「或(ある)ひと曰(い)わく、
徳(とく)を以(もっ)て怨(うら)みに報(むく)いたらば何如(いかん)。
子(し)曰(いわ)く、
何(なに)を以て徳に報いん。
直(なお)きを以て怨みに報い、徳を以て徳に報いん。」
注釈:
- 以徳報怨(いとくほうえん) … 恨みに善で報いる、という問い。
老子が唱えた理想主義的な道徳観。 - 直(なお)き … 公平・正義・無私。感情によらず、理にかなった態度。
- 徳(とく) … 恩恵や善意。ここでは「立派な人格」ではなく「受けた好意」の意味。
教訓:
この章句は、感情的な復讐心でも、理想論的な全肯定でもなく、
“節度と区別”によるバランスある対応が真の賢さであることを教えてくれます。
- 悪意に対しては、同じく悪意でも過度な優しさでもなく、「公正に対応する」ことが大切。
- 善意には、惜しみなく善意で返すこと。
恩を区別なく扱うのは、恩を軽んじることにもなりかねない。
この考え方は、現代社会でも「許し」と「断固たる対応」のバランスとして活かせる指針です。
1. 原文
或曰、以德報怨、何如。
子曰、何以報德。以直報怨、以德報德。
2. 書き下し文
或(あ)るひと曰(いわ)く、徳(とく)を以(もっ)て怨(うら)みに報(むく)いば、何如(いかん)。
子(し)曰(いわ)く、何を以て徳に報(むく)いん。
直(なお)きを以て怨みに報い、徳を以て徳に報いん。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
「ある人が『徳で怨みに報いたらどうでしょうか』と尋ねた」
→ 善意で仕返しせず、むしろ徳をもって敵意に応えるのはどうか?という問い。
「孔子は言った:では徳には何をもって報いるのか」
→ 「その場合、善意をもってくれた相手には、どうやって感謝を示すのか?」
「怨みには正義(直)で返し、徳には徳で返すべきである」
→ 「不義や怨みには公正さと誠実さをもって応じ、
善意には同じく善意と感謝で報いるべきだ。」
4. 用語解説
- 以德報怨(いとくほうえん):善で悪に報いるという寛容思想。孟子や老子に近い考え方。
- 直(なお)き:道理・公正・誠実。感情ではなく正義の基準。
- 怨み:恨みや敵意、害されたこと。
- 報(むく)いる:応じる、返す。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
ある人が孔子に尋ねた:
「怨みに対して、徳をもって報いるのはどうでしょうか?」
孔子は答えた:
「では、徳に対してはどう報いるのか?
怨みには公正と正道をもって応じ、
徳には同じく徳をもって返すのがよい。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「寛容と公正のバランス」「報復と許しの倫理」**について、孔子が明確に基準を示したものです。
- 儒家は無条件の赦しや報復の放棄ではなく、道理に基づく対応を重視する。
- 「怨みにも徳で応じる」といった絶対的な非暴力思想に対して、
孔子は「正義・誠実・筋を通すこと」が優先だと主張する。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
✅「不正・害意には“正しさ”で返す。なれ合いでも復讐でもなく、公正で」
- 相手が理不尽なことをしてきたとき、感情で返すのではなく“筋”で返すことが必要。
- 寛容すぎると、組織の規律や信頼が崩れる可能性もある。
✅「善意には、真心で応える」
- 支援・協力・配慮など、周囲から受けた“徳”には、誠意ある行動や感謝の表現で返す。
- 「徳には徳を」──信頼と連携の好循環を生む鍵。
✅「公私混同を避ける。感情ではなく“方針と原則”に立ち戻る」
- ビジネスでは、「好き嫌い」や「やられたからやり返す」ではなく、
中立的かつ誠実な判断基準=直(なお)きで対応することが、組織に信頼をもたらす。
8. ビジネス用の心得タイトル
「徳に徳を、怨みに正義を──信頼は“筋”に宿る」
この章句は、今日の人間関係や組織内トラブルにも通じる深い教訓を持っています。
“赦す”にも“報いる”にも、
一貫した倫理観と判断軸があるべきで、ただ優しくすればいいわけではない。
孔子は、「人にどう返すか」は、“その人との関係性”ではなく、“自分の信念と原則”によって決めよと教えています。
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