――役割を分けて、力を合わせる知恵が文化を育てる
孔子は、鄭(てい)の国における外交文書作成のプロセスを取り上げて、
組織的な協働の重要さについて語った。
「命(外交文書)を作るにあたって、
卑諶(ひしん)は草案を作り、
世叔(せいしゅく)は討議を加え、
子羽(しう)は整え、
子産(しさん)は潤色を施した。」
このやり取りは、まさに適材適所の知恵と協調の力によって、洗練された成果が生まれることを示している。
- 卑諶 … 全体の構成をゼロから考える起草者。
- 世叔 … 内容の検討と論理性の確認を担う批評家。
- 子羽 … 表現を整えて読みやすくする編集者。
- 子産 … 最終的に美しく仕上げ、印象を決定づけるプロデューサー。
孔子は、こうした分業と協力のあり方を通じて、一人の力では届かない高みに達する文化的洗練の可能性を見出していた。
これは現代の組織論、チームビルディング、文書作成にも通じる普遍の原理である。
原文とふりがな付き引用:
「子(し)曰(いわ)く、
命(めい)を為(つく)るに、卑諶(ひしん)、之(これ)を草創(そうそう)し、
世叔(せいしゅく)、之を討論(とうろん)し、
行人(こうじん)子羽(しう)、之を脩飾(しゅうしょく)し、
東里(とうり)の子産(しさん)、之を潤色(じゅんしょく)せり。」
注釈:
- 命(めい) … ここでは国家の正式な命令文書=外交文書を指す。
- 草創(そうそう) … 文書の初案を作成すること。
- 討論(とうろん) … 内容を検討し、議論して磨くこと。
- 脩飾(しゅうしょく) … 文面を整えて体裁をよくする作業。
- 潤色(じゅんしょく) … 表現に美しさ・深みを加える、最終仕上げの工程。
1. 原文
子曰、爲命卑諶草創之、世叔討論之、行人子羽脩之、東里子產潤色之。
2. 書き下し文
子(し)曰(いわ)く、命(めい)を為(つく)るには、卑諶(ひしん)、之(これ)を草創(そうそう)し、世叔(せいしゅく)、之を討論(とうろん)し、行人(こうじん)子羽(しう)、之を脩飾(しゅうしょく)し、東里(とうり)の子産(しさん)、之を潤色(じゅんしょく)せり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
「子曰く、命を為るには」
→ 孔子は言った。「国家の命令文(公文書)を作るには──」
「卑諶、之を草創し」
→ 「まず卑諶が草案を作り、」
「世叔、之を討論し」
→ 「次に世叔が内容を検討し、」
「行人子羽、之を脩飾し」
→ 「行人(外交官)の子羽がそれを整え、」
「東里子産、之を潤色せり」
→ 「そして東里の子産が文章を美しく仕上げた。」
4. 用語解説
- 命(めい):ここでは国家の命令文、公的文書のこと。
- 卑諶(ひしん):楚の人物で、文章作成の草案者。
- 草創(そうそう):初稿を作ること。物事の最初の起草。
- 世叔(せいしゅく):内容を検討・推敲する役割を担った人物。
- 討論(とうろん):内容の妥当性を検証・議論すること。
- 行人(こうじん):古代中国で、儀礼や外交を担当する官職。ここでは「子羽」の官職名。
- 脩(しゅう)する/脩飾(しゅうしょく):整える、体裁を整える。
- 潤色(じゅんしょく):文章を美しくする、洗練させること。
- 子産(しさん):鄭の名臣。徳政と教養で知られた人物。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子はこう言った:
「国家の命令文を作る際には、まず卑諶が原案を作成し、
世叔がその内容を検討し、
行人子羽が文章を整え、
最後に東里の子産が美しく仕上げた。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、一つの成果物(=公文書)が多くの専門家による分業・協業によって完成することを示しています。
- 起案(草創)→検討(討論)→整形(脩飾)→洗練(潤色)というプロセスの重視
- 一人の天才ではなく、役割分担と専門性の連携が重要であること
- 完成品の背後には多数の知恵と努力があるというリスペクトの精神
孔子はこのように、「知的労働や制度設計においてもチームワークが不可欠である」ことを、名を挙げて評価しています。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
✅「プロジェクト成功の鍵は“段階的な分業”にある」
- 草案 → 検証 → 調整 → 美化 という流れは、現代の企画・開発・編集・マーケティングにも通じる。
- 役割とフェーズごとの責任分担が明確なほど、成果物の質は上がる。
✅「“最終成果物”はチームの総合芸術」
- 仕上げた人だけでなく、草案を出した人・議論を尽くした人・整えた人すべてが功労者。
- 成果物を見るときに、“誰がどこを支えたか”を理解することで、評価や報酬の適正化にもつながる。
✅「専門性と謙虚さの両立が組織を高める」
- 各自が自分の役割を全うしながら、次の人にバトンを渡す“助け合いの循環”が、成熟した組織文化を生む。
8. ビジネス用の心得タイトル
「名文も一人で成らず──知恵と手間を積む分業が信頼を生む」
この章句は、完成した成果の裏には、見えない多くの協働と専門性があることを忘れるなという、
現代のプロジェクトマネジメントにも通じる普遍的な教訓を私たちに示しています。
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