主旨の要約
樊遅が「仁」と「知」について尋ねた際、孔子は「仁とは人を愛すること」「知とは人を知ること」と簡潔に答えた。そして、直ちに理解できなかった樊遅に、孔子は「正しい人を引き立て、曲がった人の上に据えると、悪も正される」と説いた。これは歴史上の名君・舜と湯の事例にも通じる、リーダーシップの本質を示す言葉である。
解説
【1. 仁とは「愛」、知とは「人を見る力」】
孔子は「仁=人を愛す」「知=人を知る」と明言します。
この二つの徳目は儒家の根幹であり、特に「知」は単なる知識ではなく、人間を見抜く力=人物識見を意味します。
【2. 樊遅が理解に苦しんだ「知」の説明】
孔子は続けてこう説きます:
「直きを挙げて、これを枉(ま)がれる者の上に置けば、曲がった者も正しくなる」
これは、正しい人間を抜擢して上に立たせれば、曲がった人間(不徳な者)も自然と正されるという、リーダーシップと人事の根本原理です。
【3. 子夏の解説:歴史が証明する“人を得る政治”】
樊遅は孔子の言葉の意図を理解できず、兄弟子の子夏に尋ねます。子夏は、歴史的実例として以下を挙げます:
- 舜が天下を治めた際、**皐陶(こうよう)**という公正な人物を重用したことで、不仁な者は自然と遠ざかった。
- 湯(殷王朝の創始者)が伊尹(いいん)を登用したことでも、同様の効果が得られた。
これは、道義ある人物の抜擢が組織・国家の浄化作用を持つという強い実例であり、孔子の意図を明確に補足しています。
引用(ふりがな付き)
樊遅(はんち)、仁(じん)を問(と)う。子(し)曰(いわ)く、人(ひと)を愛(あい)す。知(ち)を問う。子曰く、人を知(し)る。樊遅、未(いま)だ達(たっ)せず。
子曰く、直(なお)きを挙(あ)げて諸(これ)を枉(ま)がれる者の上に錯(お)けば、能(よ)く枉れる者をして直からしむ。
樊遅、退(しりぞ)いて子夏(しか)を見(み)て曰(いわ)く、郷(さ)きに吾(われ)、夫子(ふうし)に見(まみ)えて知を問(と)うに、子曰く、直きを挙げて諸を枉れるに錯けば、能く枉れる者をして直からしむ、と。何の謂(い)いぞや。
子夏曰く、富(と)めるかな、言(げん)や。舜(しゅん)、天下(てんか)を有(たも)ち、衆(しゅう)より選(えら)んで皐陶(こうよう)を挙げ、不仁者(ふじんしゃ)、遠(とお)ざかる。湯(とう)、天下を有ち、衆より伊尹(いいん)を挙げ、不仁者、遠ざかれり。
注釈
- 仁(じん)…思いやり・愛・人を大切にする心。
- 知(ち)…人の本質を見抜く力。人を見る眼、判断力。
- 直き者(なおきもの)…道義にかなった誠実な人物。
- 枉れる者(まがれるもの)…私利私欲に偏った人物、徳のない者。
- 錯く(おく)…配置する、任命する。
- 皐陶(こうよう)・伊尹(いいん)…歴史上の名臣。舜や湯に仕え、治世を支えた象徴的な人物。
パーマリンク(英語スラッグ案)
righteous-leadership-reforms-society
(正しい人の登用が社会を正す)promote-virtue-to-correct-vice
(徳を上に立たせて悪を改める)leaders-shape-morality
(上に立つ人が道徳をつくる)
この章句は、現代の組織・政治・教育においても極めて実践的な教訓です。
トップに誰を据えるかが、組織全体の風土と規範を決める。名声や人気ではなく、本物の「直き人」を見抜いて登用する知が、真の改革力であると孔子は強調しています。
1. 原文
樊遲問仁。子曰、愛人。
問知。子曰、知人。
樊遲未達。子曰、擧直錯諸枉、能使枉者直。
樊遲退而見子夏曰、鄕也吾見於夫子而問知。
子曰、擧直錯諸枉、能使枉者直。何謂也。
子夏曰、富哉言乎。舜有天下、選於衆、擧皐陶、不仁者遠矣。
湯有天下、選於衆、擧伊尹、不仁者遠矣。
2. 書き下し文
樊遲(はんち)、仁(じん)を問う。子(し)曰(いわ)く、人(ひと)を愛す。
知(ち)を問う。子曰く、人を知る。
樊遲、未だ達せず。
子曰く、直(なお)きを挙(あ)げて、諸(これ)を枉(ま)がれるに錯(お)けば、能(よ)く枉れる者をして直からしむ。
樊遲、退(しりぞ)きて子夏(しか)を見て曰く、
「郷(さき)にや吾(われ)、夫子(ふうし)に見(まみ)えて知を問う。
子曰く、直きを挙げて諸を枉れるに錯き、能く枉れる者をして直からしむ、とは何の謂(い)いぞや。」
子夏曰く、「富(と)めるかな、言や。
舜(しゅん)天下を有(たも)ち、衆(しゅう)より選(えら)びて皐陶(こうよう)を挙ぐ。
不仁なる者、遠(とお)ざかれり。
湯(とう)天下を有ち、衆より選びて伊尹(いいん)を挙ぐ。
不仁なる者、遠ざかれり。」
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 樊遲「仁とは?」→ 孔子「人を愛することだ」
- 「知とは?」→「人を知ることだ」
- (樊遲が納得していない様子を見て)孔子曰く:
「正しい人を抜擢して、曲がった人々と共に置けば、
曲がった者も影響を受けて正しくなる。」 - 樊遲は後で子夏に尋ねた:
「さっき夫子(孔子)に知を問うたら、『直きを挙げて枉れるに錯く』と言われたが、どういう意味か?」 - 子夏が答えた:
「なんと奥深い言葉だ。
舜が天下を治めたときは、多くの人の中から皐陶を選んで抜擢したことで、不仁な者たちは自然と遠ざかった。
湯が天下を治めたときも、伊尹を抜擢したことで、不仁な者が遠ざかった。」
4. 用語解説
- 樊遲(はんち):孔子の弟子。やや鈍重だが実直で、よく質問する人物。
- 仁(じん):思いやり、愛、道徳的な徳の根幹。
- 知(ち):知恵、理解力、正しい判断力。特に「人を見抜く力」。
- 直(なお)き者:誠実・正義感のある人物。
- 枉(まが)れる者:不正・曲がった行いをする人物。
- 錯く(おく):並べる、配置する。
- 皐陶(こうよう):舜の時代の名臣。公正な司法官として知られる。
- 伊尹(いいん):湯王に仕えた賢臣。殷王朝の礎を築いたとされる。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
樊遲が孔子に「仁とは何ですか」と尋ねると、孔子は「人を愛すること」と答えた。
続けて「知とは何ですか」と問うと、「人を見抜くこと」と返した。
しかし樊遲にはよくわからなかった。孔子はこう続けた:
「正しい人物を抜擢し、曲がった者たちの中に置けば、彼らも次第に正しくなるものだ。」
後に樊遲は子夏にその意味を尋ねた。
子夏は次のように答えた:
「なんと深い言葉でしょう。舜は皐陶を、湯は伊尹を抜擢しました。
彼らが正しき人を用いたことで、自然と不徳な者たちは排除され、国家が良く治まったのです。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「愛」「見抜く力」「抜擢の知恵」**という三位一体のリーダー像を描いています。
- 仁=「人を愛すること」
→ すべての徳の根本。単なる感情ではなく、積極的に他者の幸福に寄与する姿勢。 - 知=「人を見る力」
→ 優秀な人、誠実な人を見抜き、適切に抜擢することが、政治や組織を良くする鍵。 - 「直きを挙げて枉れるに錯く」=人材活用の核心原則
→ 正しい人を要職に据えることで、周囲にも正の影響を与える。
→ トップの人事が、組織文化と倫理観を決める。
7. ビジネスにおける解釈と適用
(1)「愛と理解が人材マネジメントの核」
- 仁=人を大切にする心。知=適材を適所に置く力。
→ この両輪がそろってこそ、マネジメントは機能する。
(2)「キーパーソンの抜擢が文化を変える」
- 現場リーダーに“誠実で義のある人”を登用すれば、チームの雰囲気と行動水準が変わる。
→ 人事が風をつくる。
(3)「悪を叱るより、善を据えよ」
- 問題社員の排除より、模範となる人物の登用で自然と秩序が整う。
→ “直を挙げて枉を正す”方が効果的。
8. ビジネス用の心得タイトル
「人を見抜き、人を立てよ──仁と知のマネジメント」
この章句は、リーダーシップと人材活用の本質を極めてシンプルに示した珠玉の言葉です。
「仁」を以て人を思い、「知」によって人を見抜き、「直なる者」を配置する──
これが組織の風土を変え、道を正す最も王道的な方法です。
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