生まれつきの良さは尊いが、それを磨いてこそ真の高みへ
弟子の子張(しちょう)が孔子に尋ねた。
「生まれつき性質の良い“善人”は、どのような道を進めばよいのでしょうか」
孔子はこう答えた。
「善人は、そのままでも大きな過ちを犯すことはないだろう。
だが、聖人が歩んだ“道の跡”を学び、自らもそれを踏みしめることがなければ、人生の奥義に至る“室”には入れないのだ」
つまり、性格が良いことと、深く学んで人格を高めることは別だというのである。
善人は立派な出発点に立っている。けれど、そこからさらに努力して「君子」、そして「聖人」を目指すべき道がある。
善良さは可能性であって、完成ではない。
それを活かし、伸ばし、深めるのが「学び」であり、孔子の教える「道」である。
引用(ふりがな付き)
子張(しちょう)、善人(ぜんにん)の道(みち)を問(と)う。
子(し)曰(い)わく、「迹(あと)を践(ふ)まず、亦(また)室(しつ)に入(い)らず」
注釈
- 善人(ぜんにん):生まれつき善良な性格を持つ人。ここでは、まだ学問や修養を深めていない段階の者。
- 迹を践まず(あとをふまず):聖人や賢者の歩んだ道=模範となる行動・教えを学ばないこと。
- 室(しつ)に入らず:「奥の部屋」=真理の核心・人格の完成に至らないことを象徴する。
- 君子・聖人:善人の上にある人格的完成度の高い存在。
1. 原文
子張問善人之道。子曰、不踐迹、亦不入於室。
2. 書き下し文
子張(しちょう)、善人(ぜんじん)の道(みち)を問(と)う。子(し)曰(いわ)く、迹(あと)を踐(ふ)まずんば、亦(また)室(しつ)に入(い)らず。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「子張、善人の道を問う」
→ 弟子の子張が尋ねた。「善人の生き方、在り方とはどういうものですか?」 - 「子曰く、迹を践まずんば、亦た室に入らず」
→ 孔子は言った。「先人の歩んだ足跡(道筋)をたどらなければ、その奥義(核心)には到達できない。」
4. 用語解説
- 子張(しちょう):孔子の弟子。頭脳明晰で才気はあるが、やや独善的で直情的とされる。
- 善人(ぜんじん):道徳的に優れた人物。ここでは「理想の人物」「聖人」のような存在。
- 道(みち):ここでは「生き方」「徳の実践」「道義的な軌道」。
- 迹(あと)を踐(ふ)む:先人の歩いた足跡を踏みしめる=模範に学ぶ・先例に従う。
- 室(しつ)に入る:儒教の比喩で、「学問や道徳の核心・奥義に到達する」こと。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
子張が「善人の道とはどういうものですか」と尋ねた。
孔子はこう答えた:
「前の人の足跡(模範)をたどらなければ、その道の奥深さに到達することはできない。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「真の成長や道徳的完成には“学びの順序”が必要である」**という儒教の根本精神を表しています。
孔子は、知識や才能のある子張に対して、**「一足飛びに奥義を目指すな」「まず基本を踏め」**と教えています。
つまり:
- 「室に入る」=人格完成・徳の極み
- 「迹を践む」=模範を学び、基礎を固めること
この構図は、**“飛び級で聖人にはなれない”**という現実的かつ謙虚な成長論です。
7. ビジネスにおける解釈と適用
❶「成功者の“足跡”を踏まずに、成果だけを求めてはならない」
– ロールモデル(師・先人)に学ぶ姿勢がない者は、“見た目の成功”を真似るだけで本質に至らない。
❷「プロセスを経ない“近道”は、深さを欠く」
– 「成果」「答え」「要約」ばかりを追う文化では、思考力・倫理観・応用力が育たない。学びには段階がある。
❸「リーダー育成には“基礎体験の反復”が不可欠」
– 若手や次世代リーダーに、“経験に学ぶ”“繰り返しの観察”を促すことで、深く根を張ったリーダーシップが育つ。
8. ビジネス用心得タイトル
「足跡を踏まずして、奥義に至らず──“型”を学んで“道”を得よ」
この章句は、成長の順序・学びの型・経験の尊重という普遍的なメッセージを伝えています。
今の時代、「最短ルート」や「すぐに答えを知りたい」風潮が強い中で、孔子は明確にこう語ります:
「焦らず、まずは“誰かの背中”をしっかり踏みしめよ」
──この思想は、深みのある人材育成や、組織文化の継承にとって今なお有効です。
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