身内を語らず、身内を貶さず――それが真の孝行
孔子は、弟子の閔子騫(びんしけん)についてこう称えた。
「なんと孝行な者だろう。彼の父母や兄弟を悪く言う者は誰もいない――なぜなら、彼自身が決して身内の悪口を言わないからだ」
人はつい、家族のことで不満を口にしたくなる。
ときには理不尽に思える出来事があっても、口にすることでその関係性を損ねてしまうこともある。
閔子騫は、継母から冷遇されても、決して母を責めなかった。
他人に家族を批判させるような言動を慎み、沈黙のうちに孝を尽くした。
その姿はやがて継母の心を動かし、家族のあり方までを変えていったという。
口を慎むこと――それは、敬意と愛情をもって人を守る行為でもある。
孔子はその姿勢に、真の孝行を見出したのだ。
引用(ふりがな付き)
子(し)曰(い)わく、孝(こう)なるかな、閔子騫(びんしけん)。
人(ひと)、其(そ)の父母(ふぼ)・昆弟(こんてい)を間(そし)るの言(ことば)あらず。
注釈
- 閔子騫(びんしけん):孔子の高弟。義母に冷遇されても怨まず、家族を敬い続けたことで後世に孝の模範として称えられた人物。
- 孝(こう):親への敬愛・奉仕の心。儒教において最も重んじられる徳のひとつ。
- 昆弟(こんてい):兄弟のこと。
- 間(そし)る:悪口を言う、非難する意。
1. 原文
子曰、孝哉、閔子騫。人不間於其父母昆弟之言。
2. 書き下し文
子(し)曰(いわ)く、孝(こう)なるかな、閔子騫(びんしけん)。人(ひと)、其(そ)の父母(ふぼ)昆弟(こんてい)を間(あいだ)するの言(げん)あらず。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「子曰く、孝なるかな、閔子騫」
→ 孔子は言った。「なんと孝行なことか、閔子騫は。」 - 「人、其の父母昆弟を間するの言あらず」
→ 「(彼に関して)人々がその父母や兄弟との仲を疑うような噂を一切聞いたことがない。」
4. 用語解説
- 孝(こう):親への敬愛・奉仕・思いやりを示す道徳的徳目。儒教思想の中核で、家庭内の秩序と社会秩序の基礎とされる。
- 閔子騫(びんしけん):孔子の弟子の一人。貧しい家庭に育ちながらも、常に穏やかで親を思う心に満ちた人物として語られる。
- 昆弟(こんてい):兄弟。昆=年長の兄弟、弟=年少の兄弟の意。
- 間(あいだ)する:不仲にさせる、仲を裂く、離間させること。
- 間するの言:仲違いを示唆するような噂や発言、評判。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子はこう述べました:
「なんと孝行な人物であることか、閔子騫は。彼のことについて、父母や兄弟と不仲であるとか、仲違いしているといった評判を聞いたことが一度もない。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、「本当の孝行とは、表面の行動よりも、周囲の誰もが自然と感じる人間関係の調和」であるということを表しています。
閔子騫の孝行は、**あえて語られるものではなく、「噂や評判にも現れないほどに自然で徹底されていた」**という点に本質があります。つまり、「言われなくても皆が知っている孝行」=それは内面の徳がにじみ出ている証拠です。
この思想は現代にも通じ、「本当に信頼される人間とは、他人の証言や自己アピールではなく、自然と周囲に安心感や調和を与える存在である」と読み替えることができます。
7. ビジネスにおける解釈と適用
❶「人間関係において、“噂にならない誠実さ”が最も価値ある資産」
– チーム内で、誰とでも円満に付き合える人、陰口を言われることなく、自然と信頼される人材は、組織の安定を支えるキーパーソンです。
❷「“誠実な振る舞い”は、言葉ではなく“周囲の印象”に表れる」
– 「私は誠実です」と言うより、“あの人は、誰も悪く言わない”という風評の方が、本物の誠実さの証。誠実さは、ふるまいの積み重ねが証明します。
❸「家庭での在り方が、そのまま職場にもにじみ出る」
– 親や兄弟との関係に誠実な人は、上司・部下・同僚との関係も大切にする傾向があります。人柄や価値観は、家庭と仕事で一貫しています。
8. ビジネス用心得タイトル
「誠実とは、“語られぬ信頼”──噂も立たぬほどの調和が真の徳」
この章句は、外見や一時的な行動ではなく、長く接する中でにじみ出る人格こそが“孝”や“徳”の本質であると示しています。
職場でも、家庭でも、評価は言葉ではなく、沈黙と評判の中に現れる──
そのような静かで深い人間力を育てることが、信頼される人材・リーダーへの道です。
コメント